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亨利(ヘンリー)
亨利(ヘンリー)
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松茸のすき焼き(続・おしゃべりさんのひとり言118)

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山を下りる時には、必ず周辺に生えるヒノキの枝の葉をちぎって持ち帰ります。または裏白と呼ばれるシダの葉を集めます。
それらを下に敷いて出荷すると、ブローカーさんによっては、ほんの少し高く買ってくれるからです。
理由は料亭やデパートでもそれらの葉を下に敷くことで、断然見栄えが良くなるからなんですよ。
僕はその日のうちにブローカーさんのところに持って行きます。家から歩いて5分の近所のおじさんです。知ってる人の方がインチキなしに、変な掛け引きも要らないので簡単ですから。
その方は、一本いっぽん妥協せずに吟味して値付けされます。
僕が見付けた松茸の最高値は、一本3万円てことがありました。食べてみたかったけど味はどれも同じですから。
こんなことをワンシーズン4~5回やりに田舎に行っていましたけど、結構いいアルバイトだったんですよね。

こんなに簡単にお金になったら、早い者勝ちって気がしますが、やはり松茸泥棒もいます。
麓を警察が見回って、不審な駐車車両が検挙されたりもしていました。
地域でイザコザが起きないように、シーズン前には必ず入札が行われ、たとえ自分の持ち山でも、数万円の入札料を支払って、許可証を持っていないと松茸は採取できない仕組みになっていました。
これは本家の長男の僕だからこそ、じいさんから任せてもらえてた仕事だった訳です。

30歳の頃まで毎年、仕事仲間を呼んでは松茸狩りをして、近くのダム湖のほとりでBBQを開催していましたが、それは今からもう20年以上前の思い出です。
今、松茸山はどうなっているかというと、20年ほど前に松喰い虫の被害を受けまして、赤松が絶滅してしまったんです。
うちの集落だけじゃなく、この地方の山の多くの松が立ち枯れを起こし、産業としては完全に衰退してしまいました。
いち早く消毒を行った山もあるそうですが、それでもその後に枯れてしまったそうです。今は一から赤松の苗を植え直して、山を再生中なんだそうですが、うちの山は放置しています。
だから僕も、ここ20年くらい松茸を腹いっぱい食べていません。

ある日テレビで、タヌキの陶器の置物で有名な滋賀県の信楽町に、松茸と近江牛のすき焼きが食べ放題の店があると紹介されていました。
値段はそこそこしますが、近江牛って言ったら、松阪牛や神戸ビーフに並ぶ最高級ブランド牛じゃないですか。
しかもそれと一緒に、松茸まで食べ放題なんて、なんと恐ろしい(豪華な)組み合わせ。
これは大行列必至でしょう。
でも(そのうち、つぶれるんじゃない?)って思ってましたが、毎年毎年テレビで紹介されるのを見て、妻と「一回行ってみようか」って話になったんです。
テレビ画面に映る松茸は、傘が開いて雨で徒長した、おそらく中国産の安い規格のものであることは一目瞭然です。でも味は一緒ですから。
牛肉も近江牛とは言え低い等級だろうし、夫婦でどれくらい食べれば元が取れるか計算すると、結構な量食べないといけないんですよ。
これじゃ、大金払って無理して大食いするより、そこまで行く交通費も含めて、「いい肉と松茸を大量に買って、自宅で食べた方がいい」って結論。

じゃ、そうしようってことで、僕は久しぶりでワクワクしました。
なんせ、松茸のブランク約20年ですから。
妻も僕と同じ時期から食べていませんし、娘はまともに食べたことさえありません。
そしてついに、近江牛を大量に取り寄せました。ちょっといいお肉をです。
松茸もちょっと贅沢に、国産をネットで大量に購入しました。
この二つの配送日を合わせて、家族3人ですき焼きパーティーです。

うちは、すき焼きに割り下を使いません。
関西風ですので、肉をヘッド(牛脂)で炒めて、砂糖と醤油をぶっかけて、酒で煮るような感じです。
その酒は日本酒じゃなく、我が家ではいつもワインを使っていました。
でも今日は松茸です。それには日本酒の方が合いそうですが、実は僕、日本酒が苦手なんです。
その匂いがダメで、一口飲むだけで吐き気につながるんです。
それでも今回は松茸だから、ワインじゃないって気がして料理酒を買って、それに合わせて飲む分の日本酒は、とっておきのを下ろしました。
それは飛騨高山の酒蔵の『氷室』という大吟醸の生酒です。保存は要冷蔵という面倒なやつで、そんじょそこらには売っていません。
僕はその高山市に仕事で行って、地元の方から紹介していただいて以来、唯一美味しく飲むことが出来る日本酒だったんです。(本当にこれ以外の日本酒は、まず飲むことはないです)

氷室なら絶対に松茸にマリアージュしてくれるはず。
満を持して、すき焼きの準備が出来ました。
娘は松茸の旨さを知りませんから、お肉に箸を伸ばします。
僕は、迷わす松茸をつまんで卵にくぐらせ、口に運びました。
その瞬間、過去の記憶が滝に落ちる水の如く、脳ミソによみがえりました。
「しまった! 松茸のすき焼き、嫌いやったんや!!!」
甘い味付けに、日本酒と松茸の香りが混ざってるのがどうしてもダメだったことを、20年ぶりに思い出しました。orz


     つづく