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冷蔵庫がお好きでしょ

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クレーム案件がこじれて帰宅が遅くなった。私は駅から自宅まで疲れた足を引きずって家にたどり着いた。ほっとしてビールでも飲もうかと冷蔵庫を開けた瞬間である。
ワインボトルが私の脳天に振り下ろされた。私は尻もちをついた。血が流れて目に入った。見上げると目を吊り上げた憤怒の表情の妻が仁王立ちになっていた。
「帰りが遅いじゃないの。どこほっつき歩いてんのよ!」
「どうしてお前がここに?」
 妻は先月、乳がんで死んだはず。
それからは毎晩、死んだはずの妻が幽霊になって冷蔵庫から現れるようになった。ちなみに私の妻は剣道初段である。
 生前の妻は、常習的に罵詈雑言を言い立てて暴力をふるっていた。結婚時代は私にとって地獄だった。結婚しない方が良かったと思わない日は無かった。
「子供ができないのは、あなたの愛情が足りないからよ。私の人生をどうしてくれるのよ!」
「海外旅行の時にローマ時代とギリシャ時代の区別が付かなかったからってバカにするな、あんたの親は何だ!ふざけるな!きえー」
「国語教師なのに大伴家持を知らなかったとか言ってあざ笑ったな。たまたま知らなかっただけでしょ!」
「たまには美味しいものを夫婦で外食するとかいう普通の気づかいがどうしてできないのよ。こうしてやる!」
「上の階の住民のピアノの騒音がひどすぎる。ちょっと言ってきて頂戴!」
「人前で大きなおならをするんじゃない。こら!」
 それでも乳がん検診で陽性になり、抗がん剤治療でだんだん弱っていく過程の中で、私は妻への愛しさが募らないわけではなかった。
「あなたのおかげでいい人生でした。今まで本当にありがとう。でもわたしはひどい妻でした。ごめんなさい。この次生まれたら、優しい妻になってあげるからね。」と最後に言い残して、はらはらと涙を流しながら彼女は静かに息を引き取ったのである。
 とはいうものの葬式では、これで人並みの安らかな人生が送れる。私は人知れずウキウキした気分になった。そして私は気分転換を兼ねて冷蔵庫をおしゃれな小さめのものに替えたのである。
その結果がこれである。妻はさらに暴力的になって戻ってきた。
「私が乳がんになったのは、あんたのチチの揉み方が悪かったからよ。右ですか、左ですか、真ん中ですか、とかおバカなこと言いやがって。ド変態野郎!ふざけるなあ!こうしてやる!」妻は罵声を浴びせて一時間ほど暴力をふるい、さっさと冷蔵庫の中に帰っていった。逢瀬の時間が限られているのはシンデレラと同じであるが、残していくのはガラスの靴ではなくて、血の付いたワインボトルだったりする。
 ふと考えてみると冷蔵庫は食品を冷やすためのものである。幽霊を冷やすためのものではない。道具というものは目的によって規定されているとハイデガー哲学に書いてあったような気がするが、なぜ幽霊が出てくるんだろう。
それにしても不思議なので、冷蔵庫を購入した家電量販店に電話した。
「ハイ!新製品がぼっけえ安いがぁ!のニャマダ電気でございますう!」
「オタクから買った冷蔵庫、ちょっと変なんですけど」
「少々お待ちください・・・。申し訳ありません。お調べしたところ、冷蔵庫と間違って「霊蔵庫」をお渡ししてしまいました。霊を保存する特殊容器でございます。すぐお取替えいたします。」
 私はそんなものが家電量販店で売られているとは考えてもみなかった。
私は言葉に詰まった。何か大きなものが心に引っかかった。つまり何と言うか、あれが無くなったら妻に会えなくなり、ちょっと寂しい。暴力が毎日1時間に減ったのは儲けものと言えなくもない。
 気が付くと私は言っていた。
「ちょうど、「霊蔵庫」が欲しかったところなんです。差額はお支払いいたします。」
作品名:冷蔵庫がお好きでしょ 作家名:花序C夢