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亨利(ヘンリー)
亨利(ヘンリー)
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続・おしゃべりさんのひとり言/やっぱりひとり言が止めらない

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その148 杏仁豆腐



京都のリーガロイヤルホテルの地下にある中華レストランで食事した時、デザートに出された『杏仁豆腐(アンニンドウフ』が美味しかった。
久しぶりにこんなに美味しい杏仁豆腐に巡り逢った。
そうだった。僕は杏仁豆腐が大好きだったんだ。
そのことを長く忘れていた理由は、美味しい杏仁豆腐がなかなか無いからなんです。

中国発祥の薬膳料理の一種で、喘息、乾性咳嗽の治療薬である杏子(アンズ)類の種の中の仁(じん)『杏仁(きょうにん)』を粉末にしたものを、苦味を消すために甘くして服用しやすくした料理だそうです。
コンビニで売ってるようなパック詰めのフルーツポンチみたいな見た目のやつは、菱型にカットされた牛乳寒天でしょ。それじゃ杏仁豆腐じゃないと思いますけどね。安い中華屋さんの定食セットにデザートとして付いて来るあれのことです。
プリンみたいにカップに入ってるのもよく目にするけど、硬すぎてちょっと違う。それにシロップ漬けじゃないと、口当たりが物足りないし。本格的なやつには、なぜかいつもクコの実がトッピングされていますものね。
中国や台湾にも、何度も出張や旅行で行っていますが、そこでも記憶に残るほど美味しい杏仁豆腐を食べたことがありません。むしろいろんな種類が存在してる気がします。

リーガロイヤルであの杏仁豆腐を食べて以来、僕には美味しい杏仁豆腐を探す日々が訪れてしまいました。
スーパーの菓子材料のコーナーで、杏仁豆腐の素を買ってみたり、神戸の元町中華街に行って、杏仁豆腐目的で食事してみたり、コストコでもその粉末を見付けて買って、またカップ入りのを食べてみたりもしましたが、どれも全部違う味です。
こんなにも味にレパートリーというか、バラツキがある物なんでしょうかね。まあ確かにプリンでもいろんな味や硬さがあるでしょうけど、コーヒープリンとかパンプキンプリンとかじゃなければ、ある程度は統一感あるもんでしょ。
フルーツポンチ風に簡便な作り方をしたものが日本人にはなじみ深くなってしまっていて、本格的な杏仁豆腐は数少ないのだと思います。だから高級中華レストランでしか、満足の行く味に出会えなかったのかもしれません。

杏仁豆腐の作り方。それもWEBで調べられる便利な世の中です。じゃ、作ってみるか。
よく紹介されている作り方が、牛乳寒天にアーモンドエッセンスや缶詰のカクテルフルーツ(フルーツMix)を混ぜるのでは、まったく邪道一筋のようで参考になりません。
本格的なつくり方ってのは、本物の杏子(アンズ)の種子を用いて、その中心の『仁』と呼ばれる部分をすり潰して、汁を絞って・・・そこまで本格的にもできないな。それを粉にした『杏仁霜』を材料に使うことにします。そしてその杏子の種類にも色々あって、主に寒い地方で採れる『北杏』と温暖な地方の『南杏』があり、北のは香りは良いが苦みが強く、主に薬膳料理用に使われ、南のが『甜杏』とも呼ばれて、デザート用のようでした。
また市販の杏仁霜には偽物も多くあることに気付きました。アーモンドやその他の種子の仁を使用したものや、コーンスターチや脱脂粉乳を混ぜたものなど、日本のスーパーなどで入手できる一般的なものは、やはり材料までこの偽物ばかりです。
なら、ネットで本物の材料を購入するしかありません。でもどれを買えばいいんだ?
そこで妻にお願いして、本格的な杏仁豆腐を作ってもらおうと思いました。
彼女は管理栄養士ですが、調理師免許も持っていますし、料理教室を主催したりして料理の研究にも余念がありません。どんな料理も僕のイメージだけの説明で、試行錯誤しながら最終的に満足できるものを作ってくれます。
「ああ最近、杏仁豆腐に凝ってると思ったら、やっぱり言い出したか」と、妻も予想していたようです。
「でも杏仁霜を、どれ買ったらいいのか分からんねん」
僕はネット通販のページから、(これは!)と思うものを画面表示して妻に確認してもらっていると、
「結局どれもコーンスターチ入ってるみたいやで」
「本物の粉ないんかな?」
「コーンスターチは入れた方が舌触りは良くなると思うし」
「なるほどな、そういう意味合いで添加してるんか。ほな、入っててもいいし、良さそうなやつ探そうか」
「でも、どれも結構な量が入ってるやん。使い切れへんわ」
「そうやな、食べきるのに数年かかりそうやな」
僕はその意見にどうしようかと悩んだけど、どうしても本格的な杏仁豆腐を食べたかったので、無理してでも買おうと思っていました。そこで妻が、
「これやったら、聘珍楼の買ったらいいやん」
「へ? ヘイチンロ?」
「聘珍楼やん。覚えてへん?」
「ヘイチンロウ? 何か聞き覚えあるような・・・」
「昔、横浜中華街で食べた時、聘珍楼で出た杏仁豆腐に感動してたやん」
「あ・・・」
そうでした。思い出しました。その老舗レストランで高い杏仁豆腐を食べたことがあった。それが杏仁豆腐を好きなるきっかけでした。
「よう覚えてたな。でも横浜まで行かんと食べられへんやん」
「ううん。デパートとかに聘珍楼の“杏仁豆腐の素”売ってるで」
「マジか!? それでいいわ。先ずそれ試そう」

で、そんなことになったのですが、近くのスーパーにはそれは売っておらず、妻は京都か大阪で、デパートの伊勢丹の食品売り場に売ってるのを見たことがあるようでしたので「そこに行くついでがあれば買って来よう」ってことになりました。
ところがなかなかそのチャンスがなく、今年の1月には、先に横浜に行く機会が訪れました。なので当然、聘珍楼で食事をってことになったのですが、行ってビックリ、なんともう倒産しているじゃないですかぁ。
ああぁ、ほんと間の悪い。
コロナ禍の不景気を乗り越えられなかったのだそうです。とても残念なことですが、そんな状況でも光は差すようです。
「あれ? 待って。聘珍楼の杏仁豆腐のお店がある!」
そのレストランがあった跡地のすぐ近くに、簡素なフードコートのようなコーヒースタンドのようなお店があり、そこで聘珍楼の杏仁豆腐をリーズナブルなお値段で出しているのを見付けました。(よかった。がんばれ! 聘珍楼)
喜び勇んでそれを注文してみましたが、プラスチックのカップに入ったそれは、以前のような高級感はゼロ。なんか牛乳プリンのような見た目です。
「大分イメージ違うな。これ大丈夫かな?」
僕は追い求めてきた杏仁豆腐の味を期待していますが、どう見てもハズレのようです。
覚悟して一口・・・。

「んん? やった☆彡ーーー!!! これやぁ!」

お土産に買った『聘珍楼の杏仁豆腐の素』は、皆に大好評でした。