若いもんが(続・おしゃべりさんのひとり言 107)
若いもんが
走るの嫌いです。
もう20年以上、まともなトレーニングなんかしていません。
でも、毎年一回、10月に市民運動会があるんですけど、その競技には出ます。
と言うより、出されるんです。(強制)
僕が今住んでいる所は、仕事のためにほんの2~3年のつもりで来て、賃貸物件を借りた地方の町です。
始めのうちは地元からここまで、往復4時間近くかけて通勤していました。
ちょうどその頃に娘が生まれたので、1歳になるまで僕の地元で子育てしたものの、長距離通勤に耐えられず、ここに引越すことにしたんです。
その子が小学校に上がる頃には、地元(都市部)に帰ってるはずだったんですよ。
でもあれよあれよと気が付けば、もう娘は高校三年生です。
仕事がうまく行き過ぎたのが大きな理由ですが、もう地元に戻るチャンスも失ってしまいました。
もう一つここに住み続ける理由は、ご近所さんが皆いい人たちばかりだからです。
田舎のちょっとした新興分譲区画で、20軒ほどが建ち並んでいるのですが、その他のご家庭も他の都市部から移って来られた方々でした。
ほとんどの世帯は持ち家ですが、皆さんよそ者らしくお互いに気を使いながら、都会流な交流の仕方を心得ておられます。
ところがその住宅区画を一歩出れば、先祖代々その地にお住いのご家庭が多く、僕には理解しがたい慣習に頭を悩ませることもよくあります。
草刈りが年2回、用水路掃除も2回、神社で夜通しの守をさせられたり、お祭りが年4回、里山の竹の伐採や柵や階段の整備、地域の古紙廃品回収に、消防団による夜回りや消防訓練、etc.・・・もっともっと。
全部が全部って訳ではないですが、ことあるごとに駆り出されます。
地域への奉仕活動(ボランティア)だとしても、こんだけ毎月毎月。田舎じゃ当たり前なんでしょうが、渋々地元の先住者たちの言うことを聞かないといけません。
それでも納得いかないこともあります。
地元の方々は、皆さんお年を召されていて「若いもんがやってくれ」と言われます。
僕は38歳の時に、この町に来て、50代の方にそう言われました。
僕もその時はまだ若かったですよ。でも今はもう55歳です。
それでも、『若いもん』に入れられています。僕の区画の若いご主人さんでも、もう四十代半ばです。
そりゃ、60~70代の先輩方からすれば皆若いです。そう言われれば断れませんよね。
新参者ですし、仕事があっても休んでボランティアに参加するものですよね。
本当にそうでしょうか?
やはり文句は出ます。自治会を退会された家もあるくらいです。
都会から来た夫婦は大概共働きですし、どちらか一人が参加するために、仕事を休むことになる場合もあるでしょう。
それでも強制されるんですよ。
じゃ、お年寄りも参加されるのならまだいいですが、「若いもんがやって・・・」
やっぱり参加されないんですよね。
さらにその同居の息子さんが30~40代でも、代わりには出て来てくれないんですよ。
さらにその奥さんは大概専業主婦で、ずっと自宅に居るにもかかわらず、同じく出て来てくれないんですね。
自治会館や神社に集まる時だけ、皆さんが勢ぞろいして酒盛りが始まりますが、僕ら新参者はビールを一本貰って帰ります。
ま、そんな愚痴はずっと言い続けるもんじゃないので、それなりに皆さんと仲良くやっているという感じです。
そんな環境で、運動会にも参加させられるのは当然の流れです。
運動不足のご近所さんは、見た目からして出られる競技が無いので声がかかりませんが、僕は結構スマート体形なので、引っ越して来てすぐに声がかりました。
実際スポーツは得意ですから、本番一週間前から夜に走り込んでおくと、200メートルくらいなら全力は無理にしても、十分20代の若者と一緒に走れるくらいの体力がありました。
じゃ元々走るのが得意だったかと言うと、そんなことはありません。
小学校の時は、50メートル走の最高タイムが8.0秒でした。
これは明確に覚えていましたが、当時の小学生としては決して優れたタイムではありません。
鬼ごっこは得意だったのに、普段逃げ切れる相手にも、タイムでは負けていました。
運動会の短距離走でも、なぜかそのグループで1位が取れません。なんで?
中学の時にはバスケ部のランニングのおかげで、人並み以上の体力を身に付けていたはずなのに、50メートルのタイムは、7秒前半くらいで普通でした。なんで?なんで?
でも高校の時には100メートルのタイムを計測したのですが、そこで初めてクラストップになりました。なんで?なんで?なんで?
僕はスタミナがあるので、走りの後半伸びるタイプだったようです。やっと解った!
体育の先生のアドバイスで、スタートダッシュを改良して練習したら、11秒台が出せるようになりました。
正確なタイムは忘れましたが、その高ニの時の記録が、僕の人生最速です。
それからは特に全力疾走するなんて機会は無かったんですが、市民運動会において、久しぶりに走ることとなった訳です。
子供が小学生の時には、むしろ家族で参加出来てよかったですね。
妻も足はムチャクチャ速いです。練習で娘が僕ら二人に追い付けなくてよく泣きましたが、手加減(足加減?)してやりません。
一度出場すると、毎年毎年いろんな競技への参加が増えていきます。
一つの競技を終えると、1000円の商品券がもらえたりするので、お得感は高いです。
そう言えば高校の時にも、そういった運動会シーズンに、何カ所か開催地の競技スケジュールを持ち寄って、一般参加できる競技をまわり、賞品を貰いまくりました。
そんなハチャメチャなことをするのが好きな友達ばかりでしたね。学校では賞金稼ぎならぬ、『賞品稼ぎ』と呼ばれていたっけ。
今もそんなことを思い出しながら競技に出ていますが、運動会は楽しいですよ。これで町内の方とも仲良くなれましたし。
そうこうしているうちに、僕は最近の市民運動会でも、50歳を過ぎたのにも関わらずリレーに出されます。
男女3人ずつの6人で、年齢の合計150歳以上であれば、チームとして参加資格があるので、十代の子を3人入れて、20代が二人、そして50代の僕が入れば、要件を満たします。
若い子世代が多いうちの町内は、毎年優勝する常連となりましたが、僕の役割がものすごく大きいの解ります?
絶対にコケたりはしないですけど、アンカーを任されたりもしませんが、途中のリードを守り切らないといけないプレッシャーはあります。
失態は見せられませんが、なぜかいつもうまく逃げきれます。抜かれそうになっても僕の後ろでこけてくれたり、こんな時にも運がいいって思います。
表彰の後、町内のテントに戻るといつも、温かい笑顔ではない爆笑で迎えられます。
最近の3年間はコロナの影響で、運動会自体が開催されていませんので解放されていましたが、今年の開催ではもう引退するつもりです。(させてください!)
もう「若いもんが」とは言わせません。
つづく
作品名:若いもんが(続・おしゃべりさんのひとり言 107) 作家名:亨利(ヘンリー)