オフ会行ったらタヌキが来た
僕達はその後、時間も遅かったので、「帰ろうか」という話になった。でも僕は、スッキリしない気持ちを抱えていて、彼女に言いたい事があった。
だから、彼女の遠慮を押し切って会計を済ませ、店の外に出た時、迷っていた。
“勇気を出さないと…でも、本当に言っていいんだろうか…?僕達には、越えられない違いがあるのに…”
その時、“田野貫さん”が振り向き、僕に笑ってくれた。そして、こう言う。その声は、通りを走る車のエンジン音に、少し掻き消されていた。
「また、会えるといいですね」
自動車のヘッドライトが行き交う、チープな夜の街に、その言葉はあまりに清く響いていた。
僕は、「ええ、是非」と言った。その時には、迷いは少し薄れていた。
家に帰って布団に入ってから、色んな事を考えていた。でも、僕はこんな風に考えた。
“親しい友だち以上になれない違いがあっても、僕は、彼女にまた会いたいな…”
眠る前にちょっと照明を落としただけの部屋の天井は、薄赤い常夜灯に照らされ、ぼーっと光った。
“狸でもいいなんて言わないけど、僕と彼女が親しい友人同士になったのは事実だと思う”
仰向けになっていた僕は、自分の片手を天井に向かって差し上げ、自分が人間の姿をしている事を確かめた。でも、そうしていても、あまり安心はしなかった。
“タヌキさん、僕に気にして欲しくて、美人に化けたのかもしれない…”
そう考え掛けてしまった時、僕は思わずがばりと横向きになって布団を抱えた。
“いやいや!それは俺に関係ないだろ!きっと、落ちてた写真とか見ただけだって!”
狸がどんな風に化けるのかなんて知らないけど、とりあえず、化けた狸にいつも邪な理由がある訳じゃないのは知った。かもしれない。
“それにしても…可愛かったな…今は、お母さんと一緒か…”
僕はもちろん、いつまでも彼女と過ごせるなんて考えて居なかったし、次に会う時が来るのかも分からなかった。でも、ほんの少し、前とは違った楽しみが出来たのが嬉しくて、東京のどこかの林で、親子の狸が丸まって眠っているのを想像していた。
そしていつの間にか僕も、眠ってしまっていた。
おわり
作品名:オフ会行ったらタヌキが来た 作家名:桐生甘太郎