circulation【3話】黄色い花
こんな風に、もう、どうしようもなくなった時に……。
ふっと、フォルテが目を開く。
ごくり。と喉を鳴らしたのは誰だったのだろう。
それはとても長い時間に思えた、一瞬の出来事だった。
「「「フォルテ!」」」
三人の声が重なる。
寝ぼけているような雰囲気のフォルテが、のそりと起き上がる。
それに合わせてスカイが草の上にフォルテを降ろした。
ふらふらとプラチナブロンドの頭を揺らしながら、数度ゆっくり瞬きをする。
涙で腫れぼったくなった目を、片手の甲で拭うと、フォルテはもう片方の手が動かないことにやっと気付いたようで、腕を辿ってこちらへと視線が動く。
フォルテの手は、まだ私が固く握り締めていた。
そのラズベリー色の瞳と目が合う。
私の事を……覚えているだろうか。
もし、その小首を傾げられてしまったら……。
息が、苦しい。
心臓が破裂しそうだ。
けれど、今、ここで目を逸らす事は出来ない。
じわりと何かが滲むように、表情の読み取れなかったフォルテの瞳が、悲しみに染まってゆく。
「……フォルテ……?」
フォルテは、涙を拭っていた手を真っ直ぐ私へ伸ばすと、そのまま抱きついてきた。
「ラズぅ……」
大きな瞳に、また大粒の涙が浮かんでいる。
その小さな頭を大切に抱き寄せて、震える背中を繰り返しゆっくり撫でる。
嬉しくて、嬉しくて、とても悲しかった。
フォルテは私達を忘れないで居てくれて、だからこそ、思い出してしまった辛い光景も、忘れることが出来なかった……。
そうか。
全てを忘れてしまった時のフォルテには、もう何も残っていなかったのか。
楽しかった記憶でさえも、悲しい色に染まって見えて、手放してしまったのだろう。何もかもを。
それは、言い換えるなら、今のフォルテには、忘れたくないと思える物が確かにあったと言う事になる。
辛い事実を突きつけられても、フォルテが守った物。
それが私達である事は疑いようが無い。
つまりは、今、フォルテを泣かせているのは私達で――……。
唐突に、頭を鷲掴まれて思考がストップする。
見上げれば、デュナが背後でなにやら威圧的なオーラを出していた。
あ、あれ……? 何か怒って……る……?
デュナにたじろいでいる私を、頬杖をつきながら眺めていたスカイが苦笑しながら言う。
「素直に喜んどけってさ」
「あ……。うん。そうだ……ね……」
言葉の終わりが、小さくかすれて震える。
デュナとスカイに微笑を返したつもりだった。いや、微笑みは返せたと思う。
ただ、唐突にこみ上げてきた涙が止められなかった。
デュナとスカイが苦笑する。
青い髪をほんの少し揺らして、困った顔で笑う二人は、とてもよく似ていた。
胸で泣きじゃくるフォルテの、小さく震える体が熱い。
服にじんわりと滲み込んでくる涙も、とても熱かった。
ああ、そういえば、フォルテが今びしょびしょにしつつあるこの服は、スカイの服だったっけ。
また全部洗濯し直さないといけないな。
そう考えてから、自分がとても落ち着いていることに気がつく。
涙はまだ止まらないが、これはきっと、心配しすぎていたところでホッとして決壊してしまった涙だ。
思うに、悲しい涙ではない。
……もしかしたら嬉し涙というのはこういう物なのだろうか?
今まで、自分は嬉し泣きというのをしたことが無いと思っていたが、これがそうなんだとしたら、確か前にも一度……。
いつだったっけ、あれは……。
「ラズ、中に入りましょう」
再度顔を上げると、三人が立ち上がってこちらを振り返っていた。
「うん」
頷きを返して、私達は短い旅からようやく帰宅した。
作品名:circulation【3話】黄色い花 作家名:弓屋 晶都