ひとり言 せずにはいられない
労災の被災者
僕の事業も負けないようにしないといけないな。
でも4月の中頃に、労働災害が発生したんです。これは事業の責任者としては、被災した社員に大変申し訳ない。
手押し台車ってあるでしょ。運送屋さんがよく使ってるやつ。そこに乗せて運んで来た箱を持ち上げて、机に載せて中身を取り出す。今度は、空になった箱をその台車に載せようと近付いて、その台車を踏んで転倒して足首骨折。手に持ってた空箱のせいで、足元が見えなかったらしい。全治2カ月の大ケガです。
そういう訳で、事故の原因を調査して、深堀り分析を幾パターンも行い、再発防止策を講じなくてはなりません。でも今回のケースは、あまりに単純な自爆事故だったと思うんですが、被災者の休業期間からしたら、間違いなき『重大労災』な訳です。
職場の環境にどんな落ち度があったのか。作業者の習慣や周囲の人たちの安全意識はどうなのか。その日の朝に体調確認をしたか。その月の残業時間が影響してないか。とにかく調べられるだけ調べて、根本原因を探り出す必要があるんですよ。
結果は、(手押し台車の形状が悪い)って結論になりました。市販品なのにね。それで代替品として手押しワゴン(高さが腰くらいまであるやつ)に置き換えていきます。
被災者の林さんは、50歳になってから正社員になった元パートさん。僕と仲がいいというのもあるけど、仕事ぶりは信頼出来るし、しっかりした方だったのに、こんなことになって本当に申し訳なかった。会社が休業補償することに、
「私なんか鈍くさくてすみませんすみません」と、逆に恐縮されちゃってます。
社内の整理・整頓・清掃はしっかり出来ている。社員の意識も高く安全対策は万全。毎月の安全教育の記録も完璧。の、つもりでしたが、労働基準監督署の現認調査でも、「しっかり出来てらっしゃいますが」との言葉をもらえたものの、「それでも事故は起きるんです」とのこと。
今回は重大労災にも拘らず、職場の管理体制に目立った落ち度が無く、その関係者の誰かが書類送検されるようなことは無かったのですが、もしいい加減な会社だったら、社員に前科が付くなんてこともあるようです。労働基準監督署って、仕事関係のお役所ってイメージだけど、本当は捜査権を持った司法警察なんですよ。
でもこの労災処理ってやつは、毎度まいど、本当に手間がかかる。面倒とか言っちゃ絶対ダメですけど、何度も報告書を書き直させられて、労基の担当者が対策に納得してくれるまで、ひたすら繰り返すことになるんです。しかも本当に大変なのは、社員全員がその苦労と危機感を理解してくれるまで、今後また指導していかないといけない事。もう100人近くいる部下に、同じ温度で重要性が伝わるかどうか?
さあこれを教訓に、頑張って安全講習をしようと思ってた矢先、本社に『特定記録』と押印された手紙が届いて、社長から電話があった。
「損害賠償を請求されてるぞ! 何があったんだ?」
(え? なんのこと? 林さん?)って思ったけど、あぁ・・・僕には別に思い当たる節が・・・。
作品名:ひとり言 せずにはいられない 作家名:亨利(ヘンリー)