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わたしはわたし ~掌編集 今月のイラスト~

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 ひろみにとっては厳しい現実、だが、それは受け入れられるとか受け入れられないと言う問題ではない、厳然とした自然の摂理、それに逆らうことは何人にも不可能なのだ。

 しばらく傷心の日々を過ごしていたひろみだったが、長く伸ばしていた髪をバッサリと切ると心も軽くなった気がした。
 それと共に女性であることへの強いこだわりも薄らいで来た。
(男だろうと女だろうとわたしはわたし)
 そう思えるようになったのだ。
 すると故郷が懐かしく思えるようになって来た。
 幼いころの自分は性別など気にならなかった、『わたしはわたし』素直にそう考えて、心のままに自然にふるまってきたはず……今の心境と同じだ。
 だがいまさら両親に会う勇気も湧かなかった、何しろ息子が娘に変わってしまっているのだから……ゴリゴリの常識人である両親がそのことを自然に受け入れてくれるとも思えない。
 せっかく自然な自分を取り戻せたと思うのに性転換をなじられたり冷たく接しられたりするのは耐えられない……。
 そんな日々の中で……。
(そうだ……)
 ひろみはふと思い立って故郷に向かう列車に乗った。

▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

「ホントに博己? ウソぉ……」
 銭湯を営む祖父母を訪ねると、祖母は目を丸くした。
 目の前にいるのはどこからどう見ても女性、それが男の子だったはずの孫の名前を名乗ったのだから当然の反応だ。
 でも……絶句したと言うほどではない、
「高校生の頃からずっと心と身体が合わないことに悩んでたの、心は変えられないってわかって身体の方をそれに合わせることにしたの……でも博己よ」
「……小さいころから女の子みたいに可愛い子だと思ってたけど……言われてみれば確かに博己だねぇ……」
「こんなわたしだけど……受け入れてくれる?」
「受け入れるも何も、博己なんでしょ? 私の孫であることに変わりはないよ、遠くまでよく来たね、さ、上がって上がって」

 銭湯の裏手にある祖父母の家は小さいころから変わっていなかった。
 懐かしい茶の間……じゅらく壁や天井のシミにも見覚えがある。
 そしてあめ色になった柱にはひろみの成長の跡が年ごとに刻まれている、博己は柱の傷を指でなぞりながら、故郷で過ごした日々を思い出していた。
「本当に博己なのか? こりゃおったまげた」
 祖父もなんだかちょっと古い言い回しで目を丸くした……が、祖母と同じで女性の姿に変わったひろみをそのまま受け入れてくれた。

「夕ご飯、食べてくだろ?」
「うん、久しぶりのおばあちゃんの味、楽しみ」
 そう言いながら、ひろみは気になっていたことを口にした。
「今日は銭湯お休みなの?」
「今日は、じゃなくて、ずっとだよ」
「まあ、貯金と言っても微々たるものだけどな、年金をやりくりしながら細々と暮らしてるよ」
「辞めちゃったんだ……」
「この3月まで近所の大学生が住み込みで働いてくれてたから何とかやっていけたんだけどね、就職して東京に行っちゃったからね……おじいさんと二人じゃやっていけないんだよ」
「まあ、俺もばあさんもいい加減身体にガタが来てるからな、ブラシ掛けなんかしちまったら2~3日腰が立たないよ」
 祖父は冗談めかしてなるべく軽く言ったつもりだろうが、それが実際のところなのだろう、言葉の端にさみしさも漂っている気がした……。
「あのさ……わたし、しばらくここにいてもいい?」
「いいけど……」
「銭湯、まだやりたいんでしょ?」
「そりゃまあ、古い常連さんから『もうやらないのかい?』とか言われると申し訳なくなるし、寂しくもあるけどな」
「わたし、手伝おうか……」
「え?」
「私が浴槽や洗い場にブラシかける、脱衣所の掃除もするし番台にも座る、だからもうちょっと頑張って銭湯続けようよ」
「…………」
「ねえ、銭湯の仕事、教えてよ、一緒にもう一度松の湯を繁盛させようよ」
「そりゃ、そうしてもらえるならこんな嬉しいことはないけど……」
「その大学生が住み込んでた部屋、まだそのままなんでしょ?」
「あ、ああ、確かに空いてるよ」
「だったら今度はわたしがそこに住み込む、銭湯の仕事をする代わりにそこに住んでおばあちゃんのご飯食べさせてよ」
「ブラシ掛け、結構つらいよ」
「こう見えてもね、元は男なんだよ、まあ、身体はなまってるかも知れないけど慣れれば大丈夫だよ」
「そうかい?……じゃ、試しにやってみようか……」

▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

「いらっしゃい~」
 番台からひろみの明るい声が響く。
 いくら骨格は男のものと言っても肉体労働の経験はなく、華奢なひろみのこと、浴槽や洗い場のブラシ掛けはきつかった、でもしばらくの間筋肉痛に耐えて続けているうちに慣れた、腕はそれなりに太くなった気がするが、今のひろみには気にならない。
「お、看板娘、今日も元気だねぇ」
 常連のおじいさんたちはニコニコしながら湯銭を渡してくる。
「この別嬪さんが本当は男だとはねぇ」
「気色悪い?」
「いや、全然、むしろ反対だな、眼福だし素っ裸を見られてもまるで気にならないしな」
「ひろみちゃん、また来たよ」
「おばちゃん、いつもありがとう」
「なんだかねぇ、ひろみちゃんほど番台に向いてる娘はいないよねぇ」
「そう?」
「だって女でも男でもないわけでしょ? 逆に男でもあり、女でもあるんだから……」
「わたしはわたしよ、おばちゃん」
「そうだねぇ、確かにその通りだわねぇ……はら、なんて言ったっけ、近ごろよく聞くエルジーなんとか」
「LGBT?」
「そうそう、それそれ」
「わたしはTね、トランスジェンダーの略で性転換って意味」
「そう言うのかい? でもね、ひろみちゃんはああいう人たちとは違うよ」
「ああいう人たちって?」
「男なのに女風呂やトイレに入らせろとか言う輩よ」
「確かにねぇ、迷惑よね」
「そうそう、権利だかなんか知らないけどさ、考え方が常識外れなのにそれを押し付けてこようとする人たち、そりゃあんたたちにも権利はあるかもしれないけどさ、普通の人たちにもあるんだってわからないのかねぇ、自分のことばかり言ってお天道様に恥ずかしくないのかねぇ」
「わたしもそう思うわ、人様に迷惑かけないのが当たり前よね、あたしみたいに男から女になっちゃった人間から見ても迷惑、一緒にしてほしくないわ」
「そうだよねぇ……ひろみちゃんは違うよ、あんたはみんなに愛されてるんだから」

『みんなに愛されている』その言葉に、ひろみは内心ほろりとした。
 心の性と身体の性の不一致に悩んでいた自分、それを両親に言い出せなくて無理していた自分、好きになった人に告白するのをためらった自分、そして心から愛した人と一緒になれないことを受け入れざるを得なかった自分……。
 寂しい思い、悲しい思い、つらい思い……どうして自分は男性の身体に女性の心を持って生まれついてしまったんだろうと呪ったこともあった。
 でも、今、それを乗り越えられた気がする。
 ありのままの自分を受け入れ、愛してくれる人たちがいる、それでいい、それ以上何を望むの?……

「おばちゃん、ありがとう、これからも頑張るね」