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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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ウェディングツリー

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 町はずれにある小高い丘の上には、大きな樫の木が二本、根っこのところがくっついて、まるで一本の木のように立っています。
 丘の下には小さな川が流れ、そこでは毎年ホタル祭りが開かれていました。
 二年生のユキは、いつもようにケンをさそってこの丘にやってきました。でも、今日は弟のジュンがいっしょです。
 ユキは頭にシロツメクサのかんむりをのせ、ケンとならんで樫の木の前に立ちました。
「じゃあ、ジュン。たのむわよ」
「えーと、やめ、や、や、やめる、とき」
「病める時も、よ」
「やめるときも、す、すこや、かなる……」
 ジュンがぐずぐずいうので、ユキはじれったくなりました。
「すこやかだってば」
「むずかしいよぉ。やだよ。ぼく、帰る」
と、ジュンはぱっとかけ出しました。
「こら、まちなさい」
 ユキは追いかけようとしましたが、ケンが止めました。
「ユキちゃん、いいよ。神父さんの役なんて、幼稚園のジュンちゃんにはむずかしすぎる」
「だって。せっかく……」
 ユキは昨日、親戚のお姉さんの結婚式を見てきたので、まねしてみたかったのです。
 
「かわいい花嫁さんだこと」
 その声に二人がふりむくと、にこにこと笑っている上品なおばあさんがいました。
「花嫁さんのかんむりね。よくお似合いよ」
 おばあさんはユキの頭をそっとなでると、樫の木を見上げて、ほうっと息をしました。
「ずいぶん大きくなったわねぇ」
「のぼると、ながめがいいんだよ」
 ケンはするするとのぼりはじめました。
 おばあさんは目を細めて、うんうんとうなずくと根もとに座りました。となりにユキもならんで座りました。
「おばあちゃんはどこからきたの?」
「東京よ。でも、昔はここにすんでいたの。戦争の時、好きな人が兵隊さんに行く日、ここで別れたの」
「へえ、ずいぶん昔なのね」
「ええ、この木はね、昔はウエディングツリーって言われてたの。二本で一本の木のようでしょ? だから、ここで結婚の約束をすると必ずしあわせになれるって」
「すてき! じゃあ、おばあちゃんも?」
「ええ、ずいぶん待たされたけど、今夜、ここで会うのよ」
と、幸せそうな笑顔でうなずきました。
「今夜はホタル祭りだもんね。おばあちゃん、これあげる。わたしからのプレゼント」
 ユキは花かんむりをおばあさんの頭にのせました。

 その晩、ユキは友だちとホタル祭りに行くといって、家族より先に家をでました。
 ほんとうは、ケンと待ち合わせて、昼間おばあさんとあった丘の上に、もう一度いくつもりなのです。
「今年はなんだか、ホタルが少ないね」
 道行く人が話しています。そういえば、いつもより光が少ないような気がします。
 でも、ユキとケンは、ホタルのことよりも、丘の上が気になっていました。
 丘の真ん中あたりまで来たとき、
「なんだ。あれ」
 ケンが指さしました。
 てっぺんにある樫の木のまわりが、ひときわ明るいのです。
 たくさんの光が点滅して、黒々とした樫の木を、濃い藍色の空に浮かび上がらせています。
 その光は、たくさんのホタルでした。
「わあ、きれい。ホタルよ。ホタルだわ。ケンちゃん」
「みんな、ここに集まっちゃったのか」
 ケンは目をまん丸くしています。
 まるで、空の星がいっぺんに下りてきたかのように、樫の木は幻想的な光に包まれていました。
 小走りで樫の木のそばに近づいたとき、ふたりはおどろいて立ち止まりました。
 ホタルの光の中に、軍服姿の若い男の人とセーラー服の女の人がいるではありませんか。
 女の人は、頭にあの花かんむりをかぶっています。
「おばあちゃん」
 ユキは思わずつぶやきました。
 すると、女の人はユキとケンに気づいて、ほほえみながらそっと手を振りました。
 やがて、二人の姿はぼんやりと薄くなり、消えていきました。
 それとともにホタルも飛び散って、丘は真っ暗になりました。
 夢?
 ではありません。ケンもいっしょに見たのですから。

 ユキが家に帰ると、お母さんは電話で話していました。
 ユキはたった今見てきたできごとを早くお母さんに話したくてたまりません。
 そばで待っていたら、お母さんが受話器を置いたので、すぐに話そうとしました。
 でも、なぜか、お母さんは悲しそうな顔をしています。
「お母さん?」
 ユキはお母さんの顔をのぞき込みました。
「ああ、ユキ。今の電話ね。お父さんのおばさんが亡くなったって」
「え?」
 ユキはびっくりしました。
「お母さんも、もう、何年もあっていなかったけど。その人はね、戦争に行った恋人の帰りをずっと待ってて結婚しなかったのよ」
 たちまち、ユキの胸はどきんと大きく高鳴りました。
「お母さん。わたし、今日その人に会ったのよ」
「何を言ってるの。ユキ」
 今度はお母さんが驚いています。
「ほんとうよ。昔この街にすんでいたって。今日、好きな人が迎えに来るって。それで、丘の上の木のそばにホタルがいっぱい集まって……」
 ユキは涙があふれて、うまく言えません。
 それでも、見てきたことをお母さんに一生懸命話しました。
 お母さんはユキを抱きしめて言いました。
「おばあちゃんはしあわせになったのね」

 次の日、ユキが丘に行ってみると、樫の枝に花かんむりがかかっていました。
 ユキは、梅雨晴れの青い空に向かって、大きく手をふりながら、つぶやきました。
「よかったね。おばあちゃん」