Save me
が、成長した彼女が思い知ったのは、それらは女性の幼稚な願望に過ぎないということだった。
現実には、付き合った相手に二股された末に捨てられた。相手は乙女心を解さず、自分を一番にしてはくれなかった。
そういうことが二回続くと、恋愛体質だった彼女はひどく落ち込んだ。
そしてある日、発作的に湖に身を投げた。
……しかしそれは、彼女が後悔せざるを得ない苦しさだった。
手を上げては体を沈ませ、彼女は声を絞り出した。
「は、はあ誰かあ、助けて……」
と、「今助けるぞー!」という声、続けてザブーン! という音が聞こえた。
彼女が見ると、黄色い T シャツのおじさんが浮き上がって、そして叫んだ。
「うわー足がつった! 誰か助けてくれー!」
彼女は、これはもういろいろとだめだ、と思った。
咳き込みながらもがきながら、彼女は意識を失った。
* *
彼女が目を覚ますと、目の前に美しい男性の顔があった。そして周りから歓声と拍手が聞こえた。
これは夢か、はたまた死んで天国に来たのか……彼女は思ったが、そうではなかった。美しい男性の顔は、水難救助者としての位置を取って、要救助者である彼女の顔のすぐ上にあった。
「ふう~っ、良かった……本当に良かった」
彼は微笑んで、彼女と目を合わせながら続けた。
「救急車を呼んであるから、それまで待っていて下さい」
そう言って、彼女の視界を彼は離れた。
彼女は目を閉じて、自分の呼吸と胸の鼓動と痛みとを感じながら、まだ十分に働かない頭でもって、起こったことを想像した。つまり自分は、彼に助けられたのだ。多分彼が飛び込んでくれて、自分を陸に連れ戻してくれて、そしてきっと心肺蘇生を……手順は具体的にはよく知らないけれど、知っていることを言えば、きっと人工呼吸をされたのだ。きっと胸のあたりも、触れられてしまったのだ。あー……でも、イケメンのこの人でよかった。キスをすると二人の口を何億の細菌が行き交うらしいから、清潔感のあるこの人でよかった。悪いけれど黄色い T シャツのズッコケおじさんが相手じゃなくてよかった。このまま恋人になったら、ものすごくうれしいだろう。馴れ初めもとてもドラマチックで、みんなに自慢できそうだ。マッチングアプリなんかとは、格が違うのだから……。
「お嬢ちゃん、助かって良かったね」
彼女が目を開けて声のほうを見ると……顔を横に向けると、そこには例の黄色い T シャツのおじさんがいた。改めて見て太っているのが分かったおじさんも、髪と服を濡らしたままで横になっていた。
何ひとつ役に立たないおじさんだったが、行動を起こしてくれたことに対して彼女はお礼を言った。
「あ……飛び込んでくれて、ありがとうございました」
おじさんは、てへっと笑うと、前歯が無かった。
「いやいや。ライフセーバーとしていろいろちゃんと習得してる彼が居合わせてくれて、本当に良かった」
眠り姫みたいな体験をさせてくれた王子様みたいな彼について、もっと知りたい、と思いながら彼女は言った。
「……あの方、ライフセーバーなんですね」
受けておじさんは、さらっと詫びた。
「彼に、おじさん先に助けられちゃってごめんね。おじさんたち間接キッスになっちゃったね」
(了)