喪服から礼儀を考えてみる
物理的に会う事が難しくはなっていたが、グライダーが地面に着地するかのように「死に際とはこういうものだ」という範を、残された者に教えてくれて
いたようでもあった。
さて残された者は「弔い」をしなくてはならない。どういう流れで送り出すか、喪主は誰が務めるか。全国から親戚が集うので、細かなやり取りが必要になってくる。我々の愛する人が亡くなって悲しいのだが、亡くなってしまった人が得る安らかな眠りとは真逆で、残された者は体力勝負でこの「儀式」を行わねばならない。結構、タフな作業である。
向田邦子が父親から「一端の社会人となったら祝儀不祝儀に着る服は買い揃えるように」と言われたという。全くその通りである。私も祖母が危篤だと聞いた時点で、最悪な事態は覚悟していたし、喪服一式もクローゼットから取り出し、出張用のガーメントバッグにまとめておいたりもした。
家族親戚が全国から集まり、祖母を送り出す「儀式」が始まった。我々孫の世代も曾孫を連れていたりはしたが、喪服に身を包んで各自で祖母を想いながら、僧侶の読経を聴いていた。
悲しみの場面では気が付かなかったのだが、或る参列者がどうみても喪服ではない格好で、参列しているのが後になって分かった。結構な御歳の方であり、故人である祖母との関係も近い。
「どうしてあんな格好で来るのかね?」
娘達はその意図に首を傾げつつ、かなりの怒りの感情も隠してはいなかった。流石に葬儀の時には咎められなかったが、死者への礼儀に欠けるという義憤でもあった。
私は男性なので背広、今ではスーツと呼ぶのだろうが、結婚式用に1着、葬式用に1着、それぞれ誂えている。おめでたい知らせは事前に来るが、悲しい別れの場は突然にやって来る。最近では「レンタル」という裏技もあるようだが、何か後ろめたい気持ちになる。向田邦子の父親の一言が、頭を離れないのだ。
背広でも色は濃紺なのか、チャコールグレーか、真っ黒か。服飾評論や洋服店の見解も違う。海外では濃紺やチャコールグレーの背広で参列するようだが、しかしながらここは「日本」である。「冠婚葬祭=ファッションショー」でもない。
男性に限って言えばクールビズからスーパークールビズ、ネクタイは締める必要も減り、ネクタイ工場はかなり潰れたとも聞く。リユースショップで未使用の某ブランドの海外製ネクタイが「数百円」で売られているショッキングな現場も、個人的に見た事がある。
自分の気持ちを服装に込めて、しっかりとその場所に出る。そう思えば「何に袖を通すのか?」も立派な礼儀作法なのだと思う。目出度い場所であれ、悲しみの場所であれ、こればかりは生きている限り、我々が避けては通れない課題であるのだから。
私は今年もまた喪服に袖を通す。様々な気持ちをしっかりと着る服に込めながら。
作品名:喪服から礼儀を考えてみる 作家名:佐藤誠也