デスゴッド
ひとりの、まるでだめなおじさんがいた。
さて、おじさんはもう全てを諦め、いよいよこの世とオサラバしようとしたが、そこを奇怪な老爺に止められる。
そして老爺曰く、「オマエはまだ死ぬべき時ではない。ワシは死神だから分かる。間違いないから信じろ」とのこと。
更に曰く、「縁あってオマエを助けてやる。医者をやれ。なあに、簡単なお医者さまゴッコだ。いいか。深刻な病人でも、死神が足のほうに座っていれば寿命じゃあない。逆に、元気そうな病人でも、死神が頭のほうに座っていれば寿命だ。だから、死神が足のほうにいる場合には、テキトーにごにょごにょホザいてエラそうにしておけ。たったそれだけだ。それだけだが、周囲はオマエに信頼と金銭を惜しみなく与えるであろう」とも付け足して消え去った。
見たのは夢か、まぼろしか。
しかしもともと選択肢の無かったおじさんは、ダメでもともと、言われたとおりに実行した。
その結果は、何と、あの奇怪な老爺が言ったとおり。
深刻な病人でも、死神が足のほうに座っていれば寿命ではない。
そしてデタラメなまじない文句を言ってエラそうにしておくと、病人はそのうちに元気になり、皆が信頼と金銭を惜しみなくおじさんに与えてくれるのだった。
おじさんの境遇は、完全に変わった。エブリデイがウハウハだった。
そんな折、とある豪商から依頼が届く。
さて、毎度のゴッコ遊びをやるためにおじさんはエラそうに出向き、そしてぶったまげた。
「何じゃあこりゃあ!?」
おじさんもうろたえ、それを見て家人もうろたえた。
「しゅ、主人の病はそんなに珍しいものなのですか!?」
そんなことはそれまで無かった。
何と、寝込んでいる病人の体の腹部隣あたりで、死神がモンキーダンスを踊っているのである。
「あ、ええと、うおっほん! ……私だから分かります。これは、ヒジョーに珍しいものです」
「そんな……でも、でも先生なら大丈夫ですよね?」
家人が哀願してきたが、おじさんも心の中で哀願した。
(何この死神何この死神!? 俺バカにされてるの!? それとも、この死神も判断に迷ってるの? なら早くしろよ! 俺の立場が無えだろが)
焦りながら、詳しく診るフリに入る。おなじみの手順であり、しかし今回に限っては必須の時間稼ぎでもある。
「先生、どうでしょうか……先生?」
家人がおじさんの様子をうかがう。そしておじさんはもちろん、チラチラと、死神の様子をうかがう。
(とっとと何とかしろやバカ!)
と、突然、死神が大爆発して病人の体の周りに四散した。
「ウッギャアーッ!」
「せ、先生ー!?」
家人がうろたえる。
おじさんもうろたえつつ、何とか急いで体裁を繕う。
「い、いやいやこれはかたじけない……そう、昔診た恐ろしくむごたらしい症例が、脳内にフラッシュバックしてしまいまして」
重大な職務ならではのトラウマに苦しめられる名医ゴッコ、キマッたな! と小さな勝利感に酔ったおじさんだったが、しかし本題は丸々残っている。
(っていうか死神死んじゃったの!? ナニコレ? 一体全体、どうすればいいのさ……)
と、おじさんは目を見張った。
気づくと、四散した死神の体がゆっくりと畳を滑り始め、病人の体のほうに集まってきたのである。
「おおっ……!?」
目を見張るおじさんに対して、家人も目を見張る。
「な、何か分かったんですか」
「ちょっと待って下さい……もうちょっと待って下さい!」
おじさんが見守っていると、死神の全てのパーツが病人の中に入った。
(いったい、いったい何が起こるんだ?)
病人の体の中から、既に元通りにくっついた死神の上体がムクリと起き上がった。そして曰く
「幽体離脱」
「このバカヤロー!」
「せ、先生!?」
家人がうろたえる。
「先生、主人に何か粗相がありましたでしょうか」
そして、おじさんもうろたえる。
「あっ、いえいえこれは本当に申し訳無い! こっちの話です。バカヤローとは私のことです! あ~このバカヤロー、早く病気と治療方法を見極めるんだ! しっかりしろこのバカヤロー」
おじさんは何とか場を取り繕い、そして咎めるように、すがるように死神を盗み見る。
死神は最初に見かけた時のように病人の腹部隣あたりに戻って、ボケッと立っている。
「先生、主人の病気は、先生の力でもだいぶ難しいものなのですね……」
家人が、悲しそうな目でおじさんを見つめる。
「先生、もうはっきりおっしゃって下さい。治るのか、治らないのか……はっきり」
(ヒィイ~、はっきりしてもらいたいのはこっちだよう)
家人は、いよいよ真剣な表情でおじさんを問い詰める。
「私も、覚悟はできています……先生、治りそうでしょうか?」
「ううっ、ええ~とこれは……ええ~っとこれは~……」
死神は依然と病人の腹部隣あたりで、ボケッと突っ立っている。
(早く何とかしろよコイツ! 死神のバカ! バカバカ!)
おじさんもおじさんで死神をキッとにらむと、果たして死神は、既に見たモンキーダンスを改めて踊り始めた。
おじさんはつぶやくように答えた。
「これは死んでも治りません」
(了)