受動的で消極的な前向きさ
彼女はまた視線を落とした。
だろうな。お前には感じることのない高尚な世界なんだ。友達のいない、何も取り柄のないお前には全く分からないだろうな。
俺は小さい溜息をもらす。
そうだよね。ごめん。急に
俺は前を向く。自分で聞いておいて実は何も期待していなかったことに気付く。
しかしその瞬間あろうことか彼女は口を開けた。
でもそこまで悩むことじゃないと思います
え?
彼女の眼は相変わらず俺の首元を向いていたが、動きはしなかった。
なんだ。なんでこいつは喋ってんだ。俺は何も求めていない。
しかし彼女は続ける。
得意なことができたり、楽しいことができるのは幸せなことだと思うんです
そ、そうだな
俺はぎこちなく答えた。考えてもいないことが起きて半分頭が追い付いていない。
彼女もそれに気づいてかすぐに言い直した。
その、私が言いたいのは、幸せは「良い」、じゃなくて幸せは「運」ということで……
彼女はまた目を泳がす。
俺はだんだんと思考を取り戻していく。
それがどうしたというのだ。こいつは俺に説教をしたいのか?
だから、その……趣味や得意なことを見つけるのって難しくて…その上みんなに受けいれられるような事を自分が好きになれるというのは運だと思うんです
は、はぁ…
今度は俺を貫くような目線でまっすぐこちらを見てきてた。
えぇと。そのつまり……自分に何も取り柄がなくたって咎めることじゃないと思います
は?な、何言ってんの
え、あ。ごめんなさい…
俺は内から舞い上がる熱を感じた。
こいつは、こいつは俺が何も取り柄がない人間だといいたいのか。いや俺が言いたいのはそこじゃない。俺が言いたいのは——
で、でも本当のことだと思います。だ、だから。そ、そのもし…それで人間関係が怖くなっても迷わず逃げて良いと思います…
彼女の声は震えていた。
じゃあなんだよ無視すりゃいいってのかよあいつらを
い、一旦話し合ってみてはいかがでしょうか……そ、それでも難しいなら距離を置けば良いと思います。だ、誰もそのことを責めはしないと思いますし、もし蔑む人がいたとしても悪いのはあなたじゃなくてその人―――
ば、馬鹿じゃねぇの。そ、そんな生き方じゃあ舐められるじゃないか!もっと……もっと自分らしさをさ!ださねぇといけねぇんだよ。そんで嫌でもあいつらと付き合わないとけないんだよ!みんなとやっていくには。生きていくには。それがたとえ嘘の気持ちだったとしても!
俺は勢いよくカウンターの扉を開けて出た。図書室の閉めたはずの扉は開けられており、あっ、と一瞬思ったがすぐに先ほどの熱さを取り戻した。
俺は、俺は、間違っていない。間違っていないから俺は亜たちと喋れる。間違っているから江はクラスで浮いている。そうだ。俺はあいつみたいにはなりたくなんてない。人からいじめられ無視される、そんな人生。いやに決まっている。俺は、俺は……
嫌われたくないからあいつらとつるんでいる。
俺はだんだんと足を遅くする
そう。あいつらと喋るのは嫌われたくないから……じゃあつるみたくてつるんでいないのか俺は……?いや。そんなことはない!
あいつらは話が面白くて、サッカーが出来て、優しくて、賢くて、クラスでは人気者で……でも人を悪く言う。あいつらは……人を蔑む……
足はいつの間にか止まっていた。校舎すら出ていない。
俺は人を見下したくない。いじめなんてしたくない。江はちゃんと話し合えって言ってたけどあいつらはそれで解決できるほど出来た人間じゃない。
俺は振り返る。ちょうど最終下校のチャイムが鳴った。
だけどそれは俺もだ……
俺には何もない。特技も趣味も。でもみんなと対等になりたくて、俺という人間を認めてもらいたくて。俺の周りにはそんな願望で作った個性ばかり。そしてそのメッキをはがされるのが怖くて上塗りしていく。いずれ俺自身もその行為に気づかないようにしていった。
あいつは……江は、それを……いや。たぶん彼女はそこまで考えていないだろう。俺を浅はかな人間だと見抜いてここぞとばかりに説教をした、そういうわけでもないだろう。彼女はただ……俺の相談に乗ってくれただけなんだ……
俺は図書室のある別館の入り口に目を向けた。すると二人の影が見えた。一人は江だ。
正直になろう
俺は重い、だけど確かにしっかりとした足取りで前へ進んだ。
いやぁ昨日楽器屋いったけどさ。やっぱギター難しいわ。高いし。指……いや手が届かないし
加はため息交じりにそう言った。
そういや時代劇ハマってたんだよな。どうなの。なんかおすすめある
……俺は最近―――いや、今考えてみればそんなに興味なかったかも
あっそう。ちなみに俺はギターはやめてドラムなんてどうかなって思ってき始めたんだよねぇ。だってさ裏方というか縁の下の力持ちというか―――――
いやお前どうせすぐ飽きるだろ
そうかもなぁ
作品名:受動的で消極的な前向きさ 作家名:小西