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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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八人の住人

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では、話を今日のカウンセリングに移して、そこで行ったイメージワークに絞りましょう。

カウンセラーに肩、腎臓の辺りの背中、首の後ろに触れてもらい、記憶を呼び覚ましやすい体の状態にしてもらう。それから、自然と口から出てきた事へ、イメージワークで対処をします。

時子は、今日も母親の話をしました。

「お母さんの事を、一番怖いと思ったのは、いつですか?」

カウンセラーが話の流れを上手く取ってそう聞くと、時子は考えながらこう答えます。

「うーん、壁に向かって投げられた時、ですかね…」

「壁に向かって?投げつけられたって事ですか?」

「はい。5歳くらいの時、家に帰りたくなかったんです。お母さん怖いし。それで、夜の9時頃まで、友だちを公園に引き止めて、やっぱり帰るしかなくなったんですけど…家に帰ったら、投げられました」

時子は笑い混じりにそう答えました。彼女にとっては当たり前だった。

「じゃあ、その、投げようとする前のお母さんを、あの絵の額縁に入れて、そのまま凍らせちゃいましょう」

カウンセラーは、カウンセリングルームでベッドの横にあった、花の絵を指さします。

「凍らせる…?」

「ええ。凍らせて、どこかとても遠い所、地球上でも、地球以外でもいい、遠くへ置いてきちゃいましょう」

「わかりました。やってみます」

時子は絵をほんの一、二瞬間眺め、すぐにそこへ、自分に掴みかかろうと向かってきた母親を当てはめ、彼女の目の中で、母親は凍りつきました。それは、そんなに時間や想像力が必要な作業ではなかった。よく覚えていたからです。

「凍らせました…」

「どこへ置いてきましょうか?宇宙?」

「いえ…マリアナ海溝の底へ。もしかしたら、宇宙よりも行くのは大変ですから」

「では、やってみて下さい」

彼女の目の中で、一人用の潜水艦が現れ、潜水艦から伸びたアームは、母親が凍りついた絵を持っている。そんなイメージを働かせ、ゆっくりと絵を海底に置いたら、時間を掛けてまた地上へと戻り、飛行機で日本へ帰ってくる。時子は細かい想像を素早く働かせて、イメージワークを終えました。

「終わりましたか?では、あなたを投げつけたお母さんは、それをする事は出来ずに、凍ってしまいました。それに、もうお母さんは来ない。だから、これでおしまいでいいんですよ」

「そうですか…」

体に触れてもらっていた時子は、今日も終わったらベッドから起き上がる。

「どうですか?今、気分は?」

カウンセラーに聞かれると、時子はいつも「疲れました」と、笑って答えます。

「ええ、ええ。本当に疲れたと思います。体を使いますから。お疲れ様でした!すごかったですよ!」


僕は、今のカウンセラーが行っている手法を経験から理解する事は難しいと思っています。

でも、すでに時子の気持ちはどんどん楽になっている。その直近の経験だけで語っても、大変効力のある方法で苦痛を取り除いてもらっていると思います。

次のカウンセリングまではまた2週間が空きますが、時子が早く解放されるように、僕は祈っています。


ところで、今晩の時子は、2時間半も眠らずに目を覚ましてしまいました。だから、投稿が済んだら、僕がまた眠ろうと思います。本日もお読み下さり、有難うございます。それでは。




作品名:八人の住人 作家名:桐生甘太郎