八人の住人
では、話を今日のカウンセリングに移して、そこで行ったイメージワークに絞りましょう。
カウンセラーに肩、腎臓の辺りの背中、首の後ろに触れてもらい、記憶を呼び覚ましやすい体の状態にしてもらう。それから、自然と口から出てきた事へ、イメージワークで対処をします。
時子は、今日も母親の話をしました。
「お母さんの事を、一番怖いと思ったのは、いつですか?」
カウンセラーが話の流れを上手く取ってそう聞くと、時子は考えながらこう答えます。
「うーん、壁に向かって投げられた時、ですかね…」
「壁に向かって?投げつけられたって事ですか?」
「はい。5歳くらいの時、家に帰りたくなかったんです。お母さん怖いし。それで、夜の9時頃まで、友だちを公園に引き止めて、やっぱり帰るしかなくなったんですけど…家に帰ったら、投げられました」
時子は笑い混じりにそう答えました。彼女にとっては当たり前だった。
「じゃあ、その、投げようとする前のお母さんを、あの絵の額縁に入れて、そのまま凍らせちゃいましょう」
カウンセラーは、カウンセリングルームでベッドの横にあった、花の絵を指さします。
「凍らせる…?」
「ええ。凍らせて、どこかとても遠い所、地球上でも、地球以外でもいい、遠くへ置いてきちゃいましょう」
「わかりました。やってみます」
時子は絵をほんの一、二瞬間眺め、すぐにそこへ、自分に掴みかかろうと向かってきた母親を当てはめ、彼女の目の中で、母親は凍りつきました。それは、そんなに時間や想像力が必要な作業ではなかった。よく覚えていたからです。
「凍らせました…」
「どこへ置いてきましょうか?宇宙?」
「いえ…マリアナ海溝の底へ。もしかしたら、宇宙よりも行くのは大変ですから」
「では、やってみて下さい」
彼女の目の中で、一人用の潜水艦が現れ、潜水艦から伸びたアームは、母親が凍りついた絵を持っている。そんなイメージを働かせ、ゆっくりと絵を海底に置いたら、時間を掛けてまた地上へと戻り、飛行機で日本へ帰ってくる。時子は細かい想像を素早く働かせて、イメージワークを終えました。
「終わりましたか?では、あなたを投げつけたお母さんは、それをする事は出来ずに、凍ってしまいました。それに、もうお母さんは来ない。だから、これでおしまいでいいんですよ」
「そうですか…」
体に触れてもらっていた時子は、今日も終わったらベッドから起き上がる。
「どうですか?今、気分は?」
カウンセラーに聞かれると、時子はいつも「疲れました」と、笑って答えます。
「ええ、ええ。本当に疲れたと思います。体を使いますから。お疲れ様でした!すごかったですよ!」
僕は、今のカウンセラーが行っている手法を経験から理解する事は難しいと思っています。
でも、すでに時子の気持ちはどんどん楽になっている。その直近の経験だけで語っても、大変効力のある方法で苦痛を取り除いてもらっていると思います。
次のカウンセリングまではまた2週間が空きますが、時子が早く解放されるように、僕は祈っています。
ところで、今晩の時子は、2時間半も眠らずに目を覚ましてしまいました。だから、投稿が済んだら、僕がまた眠ろうと思います。本日もお読み下さり、有難うございます。それでは。