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ヤブ田玄白
ヤブ田玄白
novelistID. 32390
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続 金曜の夜、人間は二つに分かれる

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 私はしばらく気をよくしていたが、数日たったころ・・・。
お昼過ぎ、会合があって、東京に向かった。
電車は満員だった。
私は吊革にぶら下がって、窓の外を眺めていた。

 すると、前の席の男の子(たぶん大学生)が、
「ア、どうぞ」と言って立ち上がった。
彼はずっとゲーム機で遊んでいたのだが、私に気づいて席を立った。

「どうぞ」と言われれば、席を譲られたことに間違いない。
コーヒーをすすめられたのでも、風呂に案内されたのでもない。
私は驚いた。
ここ何カ月、人から「どうぞ」と言われた記憶がないからだ。
一生懸命考えて、ようやく、去年の忘年会で、酒を注がれるときに、そう言われたのを思い出した。

「どうぞ」と言われただけで、自分を失いかけた私に、その男子は、さらに、
「すみませんでした。気がつかなかったもので」と付け加えた。
〈そこまではっきり言わなくてもいいだろう〉
私はもう十分理解している。

 生まれて初めて、電車で席を譲られた衝撃のため、ガクガク震えそうになった。(膝が痛かったせいもあったかもしれない)
しかし、我ながらさすがと思ったが、私には、自己を客観視できる心の余裕があった。
〈自分は若いつもりでも、人から見れば、もう十分生きてきた人のように見えるのかもしれない〉
私は心の動揺を抑えながら、
「あ、そう。ありがとう」と、男子学生の好意を受け入れた。