格安物件
入ってまだ間も無いアルバイトの青年とその先輩が、青年が入居している賃貸物件について話している。
「へえ~、そんなやっすい物件よく見つけたね」
「不幸中の幸いって感じです。まあ古いしオンボロだし、風呂とトイレが一緒だし」
青年がせっまいユニットバスを思い出しながら言うと、
「風呂とトイレが一緒なんだ!」
先輩は、それらが住人たちの共用なのだと受け取って驚いた。
「俺はちょっと抵抗あるな~。汚い感じがしない?」
「そうですか? 僕が一生懸命掃除してるから、むしろピッカピッカですよ」
「大家に弱みでも握られてるの?」
先輩が笑って尋ねると、青年も笑った。
「なわけ無いでしょう。僕はただ、普通にきれいにしたいんです」
「すごいな~、偉いな~」
青年は、もしかしてこの先輩の住み処はドブのように汚いんだろうか、と思ったが、立場を弁えて言わなかった。
「風呂とトイレが一緒で不便は無いの?」
「僕は基本的にかまわないです」
「いつ誰が来るかと思うと、のんびりもできないよね」
青年は苦笑した。貧乏と孤独の我が身である。それは言わされたくないところだったが、
「う~ん……誰も来ないですよ」
「貸し切りじゃん!」
「そりゃあ、僕一人で住んでるわけですから……」
「え~っ!? 格安って聞いたけど、そんな状況なの!?」
戸惑う青年に向かって、先輩は続けた。
「全体的にワケありだよね!?」
「ワケですか? まあ確かに建物もボロッボロだし、ヘンな匂いもするし、いろいろな物音も気になるけど……」
先輩はたじろいだ。
「何かいるよね格安!?」
「こんだけ安いんだからそりゃあいますよ。みんないい人たちですよ」
「会話してるの!?」
青年は笑った。
「バカにしないで下さいよ。僕にだってそれぐらいの社会性はあります」
「社会性の問題なの!? こっわ……幽霊こっわ!」
「ゆ、幽霊?」
と、ここでやっと話が微妙に噛み合っていないことについて語り合われ、ほどなく誤解が解かれた。
「な~んだ、そういうことか。俺はてっきり、江戸時代の長屋みたいなのかと思っちゃった」
先輩は笑った。
「でも何だか、人情長屋みたいな雰囲気があるね。住人みんないい人たちでよかったね」
青年も笑い返した。
「ええ。ただ、全員が全員、一人でブツブツ言う癖がありますけど」
「やっぱこっわ!」
(了)