最後の「夜間院長」だった
コレステロール程度ならまだ気楽だが、血液検査で「腫瘍マーカー」が高かったら一大事だ。私が癌になるより大変だ。
「このたびですね、まことに御愁傷様ではなかった、まことに予想外でしたが、「腫瘍マーカー」がすこし高めに出ました。
でも、腫瘍といってもガンとは限りません。
(受診者の様子をうかがう。受診者は緊張の面持ちのことが多いが、「腫瘍マーカー高め」と聞いただけで、平常心を失う人が多い)。
高くてもですネ、実際には、腫瘍でないことが多いんですよ。タバコを吸いすぎるとかですね。
ですから、決して悲観することはありません。念のため、病院で調べてもらって下さい。
そうすれば、あなたも安心、私も安心、ご家族も親戚も皆安心しますからネ。お忙しいとは思いますが、一度時間を作っていただいて、受診して下さいますよう、よろしくお願いします」
と、選挙のお願いのようになってしまう。
そう言われて、中には、
「ナニ、私が腫瘍? そんなわけないでしょう。もう一度しっかり検査してもらいたい」
と強気な人もいるが、一方では、
がっくり肩を落として、すでに入院して手術を受け、葬式の準備まで進めそうになる人もいる。
「腫瘍マーカー」の説明には細心の注意が必要だ。
人間ドックでは、異常を指摘されると、ほとんどの人は不機嫌になる。
それなら、最初から受けないほうがいいのではないかと、個人的には思う。
しかし、「お客様」が減ると、病院の減収につながる。ひいては私の首にもつながる。
人間ドックを受けていただくのはありがたいのだが、
「異常がある」と言われた時、
「それはそうでしょう。この歳になって、何も異常がないほうが異常でしょうからネ」
と大きな気持ちで受診していただきたい。と思っている。
作品名:最後の「夜間院長」だった 作家名:ヤブ田玄白