故郷へ帰った (二)
「ただ今、電子カルテが停止しております」
病院で電子カルテが停まった。
電子カルテとは、紙のカルテではなく、コンピューターの中に患者さんの情報やデータが入ったものだ。
厚生労働省が推奨して、今や大病院はすべて電子カルテで動いている。
私の勤務先も、二年前に電子カルテになった。
何度か故障しているが、今回は一番重症だ。
朝の9時過ぎに、
「ただ今、電子カルテが停止して大変ご迷惑をおかけしております。申し訳ございません」
というアナウンスがあってから、十分おきに繰り返されて、午前中ついに回復しなかった。
そのため、病院機能は大幅に低下したので、〈今日はこれで帰れるかもしれない〉と思ったが、そうはいかなかった。
「電子カルテが止まったって、いいじゃないか。紙のカルテがあるだろう」
と思うかもしれないが、そのとおりだ。
しかし、実際には難しい。
例えば、銀行でコンピューターが止まったら、紙とソロバンでやればいいだろう、と言うのと同じだ。
日頃から、万一に備えて心の準備と訓練ができていれば問題ないが、何もできていないのが実状だ。大きな混乱が起きる。
だが、私はちょっと違う。
心の準備も訓練もできていない点は同じだが、いまだに電子カルテに慣れていないので、電子カルテが故障しても慌てることはない。
すぐ紙カルテに戻れるからだ。
そこが、最近の若い医者と違う。
若い医者達は、ふだん、猛スピードでパソコンのキーボードをたたいているが、コンピューターが故障すると手も足も出なくなる。
作品名:故郷へ帰った (二) 作家名:ヤブ田玄白