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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Tracers

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『実を言うと私も、とある未解決事件の目撃者だったりします。いや、見てないから目撃ではないかな。こういうのって、なんて言うんだろう。耳撃?』
 六年前の話。当時は高校三年生だったから、私は十八歳で実家暮らし。夜中、隣家に住む三人家族が殺された。母は仲が良くて、結構ショックを受けていた。そのときのことを書いたこの記事は、すでに去年のものだけど、今でも頻繁にコメントがやってくる。
 ブログのアクセス数は、ある一定の数に達してからは、いわゆる常連というか、定期購読組が生まれて、かなり高い数字で安定するようになった。それが爆発的に増えるタイミングは、今までに二回あった。一回目は、私が女であることをそれとなく伝えたとき。そして二回目は、ネットニュースに載ったとき。順番は、逆の方が良かったのかもしれない。でも、個人ブログが盛り上がってくれるのは有難い限りで、大学を卒業したまま宙に浮いて二年目に突入する人生に、華を添えてくれている。ウェブ記事の依頼も来るし、あちこちから集めた『謝礼金』や『報酬』といった塵を見栄え良く積めば、一応、人並みには食べていける。
 アルバイト先は、全てにおいて最短距離を選んだ結果、家から数分の喫茶店になった。お昼に大衆食堂と化すことを知ったのは、働き始めてから。近くに工場や物流倉庫があるから、ネクタイ姿の上に作業服を羽織った人や、つなぎのような上下同じ色の作業服を着た人たちが、主なお客さんだ。みんないつも、怒っているみたいな話し方で笑い合っている。ただ、昨日は違ったみたいで、いつもニコニコ顔でやってくる業者さんが、無断欠勤した『サダ』という人に対して怒っていた。確かにその日は三人しかいなくて、いつも見るもじゃもじゃ頭の人がいなかった。消去法で言うと、その人がサダさんなのだろう。
『サダは、真面目すぎんだろ。飛んだんじゃねーの?』
『結局飛ぶなら、意味ねーな。マジメもテキトーも、適量にしろってんだよな』
 近所に社屋がある工事業者。マジメもテキトーも適量の下りは、メモらせてもらった。何も目指していなかった高校生のころの私には、マジメの方を適量処方しておきたい。そんなことを考えながら、私はスマートフォンを手に持ったまま思わず唸り声をあげた。メールの読み込みが意味不明なぐらいに遅い。同時に、当たり前のことを思い出した。今日は回線工事で、業者の人がルータの交換作業をしている。
「どうかされましたか?」
 ルータを置いている棚からひょいと顔を上げて、額に汗を滲ませた業者の人が振り返った。
「いえ、すみません。大丈夫です」
 私はそう言うと、気まずくなって廊下に出た。いつも喫茶店に来てくれる例の『四人組』と同じ制服を着ているけど、派閥があるのか、この人は見たことがない。コーヒーチケットを渡せば、新規の客になってくれるだろうか。それか、例の四人組と鉢合わせして気まずい空気になったり、喧嘩したりするかも。すぐ商売のことを考える今の私には、テキトーを少々処方した方がよさそうだ。
 昨日の夜、例の記事を使いたいという依頼が、仕事用のアドレスに届いた。再利用してもらえるのは、新しく書かなくていいから、正直有難い。加筆してほしいという依頼だったから、元の記事のバックアップを取っておきたいのだけど、携帯の回線は早々と通信制限が始まっていて、インターネットへの接続は重い。進み具合を示すバーも、先が見えない螺旋階段を上っているみたいにふらついている。ルータの交換が終われば無線LANが使えるようになるけど、業者の人はまだ作業の途中だ。今は十四時。加筆内容もメールに届いているはずだけど、この亀のようなスピードの回線では、中身を読むまでに日が暮れる。
 まあ、加筆というか、引き算というか。少しだけ手直しを入れておきたいところがある。
『ドタンって、すごい音がした』
 これは当時、ニュースでも色んな人が言っていた。問題はこの後。
『水を、ばっしゃんばっしゃん掻き回すみたいな音』
 これは、家から抜け出した私が、興味本位で網戸に耳をくっつけて聞いていた音。真っ暗闇の中、抜き足差し足で家から出て、中途半端に開いた網戸に耳を近づけたときに、風呂場を掃除しているような音が中から鳴っていることに気づいた。その音があまりに規則的で怖くなった私は、大人しく家に戻ったけどほとんど眠れず、次の日にパトカーのサイレンで再び部屋から出た。つまり、水の音というのは、私しか知らない情報なのだ。それは記事の肝であるのと同時に、これ以上拡散されるなら、少しぼかしておきたい要素でもある。なぜなら、未解決事件だから。怖がっていてはできない仕事だけど、高校生の時の向こう見ずな好奇心はどうかしていたと、今になって思う。
 私が廊下での最適な立ち位置を模索していると、業者の人が廊下に顔を出して、薄く禿げ上がった頭をぺこりと下げた。
「繋がりました。アンテナの表示はどうでしょうか?」
 それが合図になったみたいに、スマートフォンのアンテナ表示が無線LANに切り替わり、私はうなずいた。
「つきました、ありがとうございます」
「では、報告書を作りますんで。後でサインをお願いします」
 私はうなずきながら、記事を置いているサイトまで移動して、バックアップを取った。句読点ひとつ変えるだけでも、元の記事は取っておく。この癖はずっと変わらない。実際、一年前の記事など読み返したら酷い代物で、それは自分が当時よりも進化しているという証拠でもある。
「ばっしゃんばっしゃんって……」
 独り言を言いながら、私は記事を一通り読み返した。テンションが高かったり、急に真面目になったり、私の不安定な人となりが文章を突き破っている。
「あの、こちらにサインをお願いします」
 電子ペンでサインすると、業者の人は控えを印刷して、私に手渡した。それを手に持ったまま、私は復活した回線に乗って次々に受信されるメールを眺めた。
『加筆修正依頼』
 記事の依頼者からのメール。
『水の音がずっとしていたのは、綺麗好きだからです』
 どうして、あの音のことを知っているんだろう。まるで、自分がそうしていた張本人のようだ。改めて見返すと、改行を空けて追伸が書かれていた。
『網戸の前にいたときと、お変わりありませんね』
 次のメールは、電気工事の会社から。
『申し訳ありません。前の作業が長引いてしまいまして、十五時頃になります』
 もらったばかりの控えには、金定と書かれている。カネサダ、サダさんだ。でも、今来ている人は、あんなもじゃもじゃ頭をしていない。私は控えを握りつぶした。頭の中で、人を表わすための単語が飛び交っている。記事の依頼者、業者の人、張本人。
 犯人。私の後ろ。
「あの……」
 私が呟いたとき、廊下の床が足元でじわりと軋んだ。
「どうか、されましたか?」
作品名:Tracers 作家名:オオサカタロウ