故郷へ帰った (一)
その話を同僚のSにすると、たいへんショックを受けたようだった。
「そうなんだ。驚いたヨ」と言うと、
「ほんとに? 生まれて初めてなのか? 信じられないなあ」
と答が返ってきた。私は言わなければよかったと後悔した。
その日を境に、私の人生に転機が訪れた。
翌朝から、バスの優先席にすすんで腰かけるようになった。
私が腰かけても誰も文句を言わないのが新鮮な驚きだった。
周囲の人たちから暖かい眼差しで見守られていることを実感できるようになった。
「我慢しない人生もいいものだ」
と思いながら毎日を暮らしている。
ただ、今のところ「我慢しない人生」は、バスと電車の中だけである。
院長や看護師長の前で実現されるまでには、だいぶ時間がかかるだろう。
作品名:故郷へ帰った (一) 作家名:ヤブ田玄白