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張り詰めた緊張の糸

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ここは、都内の某ビル。
 しーんと静まり返った室内で試験監督者も、受験者たちも時計を見つめている。
 受験者たちが心血を注いできたその努力の成果を試される時が、迫っている。
 この時のためにあるいは飲み会の誘いを断り、あるいは家族からの要望を断り、だらだらと動画視聴して過ごしたい誘惑も自制してきた。
 そう、全てはこの時のために……
「それでは問題冊子を開いて、回答を始めて下さい」
 筆記試験が始まった。静かに響く、受験番号と氏名を書き込む音。そして、ページをめくる音……。

 と、受験者のひとりが手を上げた。
 とても気分が悪そうだ。
 試験監督者は察した。そういうことは、ままあることだ。気の毒だが、この極度のプレッシャーに耐えられないのであろう。
「大丈夫ですか」
 歩み寄って試験監督者が尋ねると、その受験者は答えた。
「すみません、無理そうです……米中核戦争の可能性が怖くて」
(それ今要る!?)
 と試験監督者は内心ツッコんだが、彼も人間ができているので内心に留め、その受験者を静かに退室させた。

 ふう……試験監督者はため息をついた。そして受験者たちを眺めながら、自分の若い頃を振り返った。
(私も、取り越し苦労はしたものだ。いや今もか……)
 と、また、受験者のひとりが手を上げた。
 とても気分が悪そうだ。
 試験監督者は察した。そういうことは、ままあることだ。気の毒だが、この極度のプレッシャーに耐えられないのであろう。
「大丈夫ですか」
 歩み寄って試験監督者が尋ねると、その受験者は答えた。
「すみません吐きそうです……この試験に受かった僕に、女性たちが私を選べ私を選べと脅して来ると思うと怖くて」
(ポジティブなのネガティブなの!? 何か面倒くさ!)
 と試験監督者は内心ツッコんだが、彼も人間ができているので内心に留め、その受験者を静かに退室させた。

 ふう……試験監督者はため息をついた。そして受験者たちを眺めながら、自分の若い頃を振り返った。
(……資格取得さえできればバラ色、なんて私も思ってた頃があったなあ)
 と、また、受験者のひとりが手を上げた。
 とても気分が悪そうだ。
 試験監督者は察した。そういうことは、ままあることだ。気の毒だが、この極度のプレッシャーに耐えられないのであろう。
「大丈夫ですか」
 歩み寄って試験監督者が尋ねると、その受験者は答えた。
「すみません寒気がするんです……じっと見られているような……」
「見られている?」
「ええ……母が後ろから見ているような気がするんです」
(授業参観かよ!)
 と試験監督者は内心ツッコんだが、彼も人間ができているので内心に留め、そしてふっと廊下を見るとひとりの女性がこちらを見ているのが見えた。
「あ! お母さん!?」
 その受験者が声を上げると、ドアを開けてその女性が言った。
「ゆうちゃん! あんた、ちゃんと受かるんでしょうね?」
「あ~あ、お母さんがそんなこと言うからもうやる気無くしちゃった! あ~あお母さんが言うから!」
「あんた何言ってんの!? またお母さんのせいにして!」
 ヒートアップするふたりを呆れながら試験監督者はいなして、やっとのことで退室させた。

 ふう~……試験監督者は深いため息をついた。そして、受験者全三名が去って空席だけになった会場を見てつぶやいた。
「だめだなこの試験」
 そして、この試験の人気の無さと、カリキュラムの有効性への疑問から、民間資格「リラックス達人☆検定」は翌年からの不開催が決まった。

(了)
作品名:張り詰めた緊張の糸 作家名:Dewdrop