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田中よしみ
田中よしみ
novelistID. 69379
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13年後の偽メール

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****  13年後の偽メール  ****
 
 皇居前のビジネス街はこの国の経済界をリードする著名企業の本社が集結している。その一画に業界最大手のUエンジニアリンググループ(UEG)の総本社がある。本社ビルの中ではエリートが深夜までしのぎを削っており、社員の間では伏魔殿と噂されていた。
矢代耕太はこの春の人事でUEG本社の主任に昇格していたが、同期入社500人の中でもトップクラスの昇進だった。
彼は30歳になっても駒沢の独身寮に住んでいたが、同期の多くは既に結婚していた。180cm近い長身と上司にへつらわない仕事ぶりは女子社員からも人気があったが、入社以来特定の女性に振り向くことはなかった。
休日は専ら自室で古い洋楽を聴くのが趣味だったが、不惑の歳を迎えて、長年の重荷に区切りをつけて新しいステージに踏み出すつもりだった。
 

 
 立秋が過ぎたばかりの昼休みに皇居外苑を散歩していた。大都会の街路樹は四季折々の匂いや音がするので、ちょっとした田舎の風情があった。
街路樹の下では息絶えた蝉が仰向けになって転がっていたが、自然は秋への移ろいを始めていた。羽を触ると、蝉はジジーと鳴いて飛び立ったが、その時に携帯電話が振動して1通のメールが着信した。

 受信履歴には13年前に亡くなった坂井真貴の名前があったが、高校時代の懐かしい彼女の名前だった。彼女に未練を残してアドレスを残したばかりに得体の知れないメールを受信していた。
メールは盆休みに帰省することを半ば強要しており、併せてU空港の到着日時を知らせるように指示していた。
彼女とは高校時代に付き合っていたが17歳の時に病死していた。彼女が生きて来た証しを消すような気がして、ズルズルと残しておいた曰くつきのアドレスだった。
その坂井真貴からの着信に訝りつつもメールを再確認したが、用件だけの差出人不明の文面だった。
 『坂井真貴です。
  ご無沙汰しております。
  不躾なお願いですが、今度の盆休みに帰省して頂けませんか?
  帰省予定を連絡ください』
文面は慇懃無礼だったが、送信者の正体に辿りつく情報は見当たらなかった。

 このメールの主が坂井真貴であればあの世からのものだったが、彼女の控え目な性格からしてこれ程味気ないメールを送ってくるはずがなかった。
明らかに誰かが成りすました偽メールだったが、着信履歴の“坂井真貴”の名前を見て不思議に胸がときめいていた。
来週からの盆休みは、予てより母親が帰省するように言ってきたが、見合い話であることは分かっていたので無視していた。帰省すれば、その面倒が待っていたが、他に予定もなかったので急遽、故郷で盆を過ごすことにした。
メールの送信者の正体を突き止めて、今度こそ彼女のアドレスを削除して新しい三十路に踏み出すつもりだった。
そのために、正体の知れない相手に取りあえず帰省の日時を返信しておいた。

 羽田からU空港に向う機中で、送信者の正体の解明に頭を巡らしていた。
坂井真貴とは中学時代に私塾で初めて会ったが、高校時代は通学電車で話した程度の関係だった。一度、市内の公園の桜祭りで偶然に出くわしたことがあったが、それとて立ち話で終わっていたので、知り合い以上彼女未満の付き合いだった。
その二人の関係を知っている者は限られていたが、中学時代の塾仲間を思い浮かべても彼女のアドレスを乗っ取る様な輩はいなかった。彼らにそういう偽メールを送る動機がなかったからである。
結局、偽メールを送ってきた人物の見当がつかないままに、予定時刻の午後2時にU空港にランディングした。
空港ビルのタクシー乗り場に向かっていると、駐車した列から若い女性が大きな声で呼びかけてきた。

「耕太さ~ん、お帰りなさい」
家族以外の女性からファーストネームで親しく呼ばれる心当たりはなかったが、その声にはどこか懐かしい響きがあった。
「矢代ですけど、人違いでは?」
私を親し気に呼び止める若い女性に見覚えはなかったが、涼しい目と声質には
どこか懐かしさがあった。
「つれない態度ですね、真貴です。もう私のこと、忘れました?」
彼女は車から降りて、ミステリアスな微笑を投げてきた。
「真貴さん? 坂井真貴さん……、そんなはずはないよね、足もあるし……」
彼女はタイトなハイテンションパンツにTシャツのラフな格好だったが、165cmの長身によく似合っていた。

 彼女が名乗った真貴はもっと背が低く細身だったが、本人でないことは明白だった。ただ、目の前の彼女のパーツをつなぎ合わせてみれば、どことなく坂井真貴の面影とダブっていた。
「ご無沙汰しております。わたし、妹の夕貴です。桜祭りでお会いした時はまだ小学生だったから……」
彼女は悪びれずに名乗ると、頭を丁寧に下げた。そう言われてみれば、桜祭りの時に真貴の傍らに小さな少女がいたことを思い出した。
「君は祭りで会った時の少女か……、驚いたよ、こんなに大きく育って……。 それにしても私がよく分かったね?」
身長差があったので顔さえよく覚えていなかったが、彼女がどうして私を特定できたのか不思議だった。

「もう26ですよ、いつまでも子ども扱いしないでください……。姉の携帯からメールを送ったので驚かれたでしょう、ごめんなさい。そうでもしないと帰って頂けないと思って……」
未登録のアドレスであれば未読のまま削除されると思って、敢えて姉の形見の携帯で送信したのだと言った。
「なりすましメールは君だったのか? どうせ盆は予定がなかったから……、お陰で久し振りに帰省できたよ」
私のグッチのトートバッグを引き取ってトランクに乗せると、ホンダのツーシーターのドアを開けてくれた。

「お昼はまだでしょう、お詫びにご馳走します」
夕貴は私が助手席に乗ると軽快に発進させたが、姉妹でこうも違うのかと驚くほどの男勝りの運転ぶりだった。
「岬にイタリア料理の店ができたのをご存知ですか? よろしければそこにしたいと思いますが?」
夕貴はサングラスをかけた顔を前方に向けたまま、ストレートの髪をかき上げながら言った。
「夕貴チャンに任せるよ。そう言えば朝からコーヒーしか飲んでいないのでお腹が空いたな」
桜祭りの時に、真貴が妹のことをそう呼んでいたのを思い出して真似てみた。
「嫌だ、チャン付けって……。子ども扱いされているみたいです。もうレディの歳ですし、母は嫁に行けと口煩いンですから……」
彼女は長年の友人に話すような近さで朱色の唇を開いたが、頬にはエクボが出来ていた。

「私だって君からファーストネームで呼ばれるのは違和感があるよ。腰しかなかった小学生の君しか知らないんだから……」
運転する夕貴を横目で見ながら真貴のことを思い出していたが、通学電車の中の横顔とよく似ていた。
「失礼だわ、腰の高さだなんて。アニメでもあるまいし、胸ぐらいはありましたよ」
口を尖らせて抗議してきたが、高音の声質は真貴によく似ていた。
「君はお姉さんと違って背が高いし黒いが、何かスポーツしているの?」
日焼けした二の腕や首筋を見ながら言った。
「硬式テニスをしています。これでも学校では女子部の顧問です。色が黒いのは日焼けですから……、地肌は姉と同じように色白です」
作品名:13年後の偽メール 作家名:田中よしみ