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やきもちとヒーローがいっぱい

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8 ◇義勇◇



 きっと義勇さんがあいつらをなんとかしてくれるって思いました!

 そう言って笑ったかと思えば、すぐにハッと顔を曇らせてしょんぼりと肩を落とす。炭治郎の表情は本当にくるくるとよく変わる。
 どんな表情も愛らしいが、できれば笑顔を見たい。けれど、年長者として言うべきことは言わねばならないだろう。こんなまともじゃない自分を信用して、炭治郎たちを任せてくれた親御さんたちを、裏切るわけにはいかない。なによりも、炭治郎に万が一のことがあったらと思うだけで、義勇の胸は張り裂けそうになる。
 炭治郎は不満かもしれないが……。少しのためらいを振り切って、義勇はじっと炭治郎を見つめて言った。

「……それでも、危ないことはするな」

 自分が常にそばにいてやれるのならば、守ってもやれるだろう。だが、いつでも駆けつけられるとはかぎらない。ましてや今の自分は、以前のようには動けないのだ。

 あの一瞬で義勇の意図を察し、敵の意識を引きつけたところで方向転換し犬に近づく。そんな炭治郎の咄嗟の判断と行動は、正直言えば感心した。
 けれど無謀であることに違いはない。もし、あいつらがすぐに炭治郎の思惑に反応していたら。考えた途端に、義勇の背に冷たいものが走った。
 もしあのとき、自分が間に合わなかったら、炭治郎が傷つけられていたかもしれない。想像するだけで、焦燥と怒りが入り混じり、叫びだしたくなる。
 われ知らずきつく眉根を寄せた義勇になにを思ったのか、炭治郎は、大きな目に涙を浮かび上がらせた。
「ごめんなさい……俺、義勇さんの邪魔しちゃいました」
 謝る炭治郎の声が震えている。泣くまいとこらえているのか、きゅっと唇を噛むのが痛々しい。
「邪魔だなんて思ってない」
「でも、俺じゃなくて錆兎か真菰だったら、きっと、もっとうまく義勇さんを助けられました」
「錆兎たちはおまえとは違う。比べてもしかたないだろう」
 おまえは武道をたしなんでいるわけではないのだから。義勇はそう伝えたつもりだったが、炭治郎はますます悲しそうに顔をゆがめると、とうとう涙を落した。

 言葉を間違えた。自分の言いたいことが炭治郎には伝わっていないのだと気づいて、義勇は必死に言葉を探すが、なんと言えばいいのかわからない。
 本当のところ、なぜ炭治郎が泣くのかすら、義勇にはよくわからなかった。
 たしかに錆兎や真菰は、義勇の贔屓目を抜きにしても驚嘆すべき子供たちだと思う。炭治郎が憧れるのも当然だ。
 しかし、炭治郎だって明るく思いやりにあふれた、やさしい子なのだ。二人と比べて自分を卑下する必要などない。
 禰豆子たちの面倒もよくみているし、運動神経だっていいようだ。先ほどの一幕からもわかるように機転だって利く。まだ小学二年生なのだから、今のままでも十分だろう。なにより義勇にとって炭治郎は恩人だ。
 炭治郎は炭治郎らしくあるだけで十分だと義勇は思うのに、炭治郎自身はそうは思っていないらしい。

 そんなに錆兎や真菰に近づきたいのだろうか。
 そんなにも錆兎や真菰が気になるのだろうか。

 胸の奥がちくりと痛んで、義勇はその痛みに困惑した。
 この痛みを自分は知っている。姉と義兄が一緒にいるのを見たときに感じた、小さな痛み。

「なんで炭治郎が俺たちに妬くんだよ。俺たちだって義勇を守りたかったのに、助けたのは炭治郎のほうじゃないか。俺や真菰に妬く必要なんてないだろ。むしろ俺らのほうがおまえに妬いてるぐらいだ」
「そうだよ。私も錆兎も、義勇があの犬を逃がそうと思ってたこと、気づけなかったよ? 炭治郎はまだ義勇のことあんまり知らないのに、私たちより先に義勇が考えてたことわかるなんて思わなかった。悔しくってやきもち妬いちゃったよね、錆兎?」
 口々に言う錆兎と真菰の声に意識を引き戻され、義勇は一瞬の戸惑いのあと、炭治郎をまじまじと見つめた。炭治郎はまだ涙で瞳を濡らしたまま、当惑をあらわにしている。幼い顔には不安の色が濃かった。

「……炭治郎は、錆兎や真菰が好きだから、二人みたいになりたいんじゃないのか?」

 義勇はヒーローだと炭治郎は言う。義勇に助けられたから。それはわかる。けれどそれは義勇でなくてもいいはずだ。たとえばさっき助けてくれた二人組も、炭治郎にとってはヒーローになるのではないだろうか。錆兎や真菰にだって、炭治郎はいつも感心しているようだった。

 自分でなくてもいい、炭治郎のヒーロー。

 胸によぎったちくりとした痛みの正体は、おそらく嫉妬だ。自分は今きっと、姉を取られたと義兄に嫉妬して拗ねたのと同じように、子供じみたやきもちを妬いている。炭治郎のヒーローは俺でありたいのにと、あの二人組ばかりか、錆兎たちにまで妬いている。

「なに言ってんだ、義勇。炭治郎は自分より俺たちのほうが義勇と仲がいいと思って、俺らにやきもち妬いたに決まってるだろ?」

 錆兎の声は呆れている。子供だからって錆兎の言葉を軽んじる気など義勇にはない。けれどすぐには信じがたかった。本当に炭治郎は、錆兎たちにやきもちなんて妬いたんだろうか。到底信じられない。
 自分はまともに人と話すこともできない。気がつけば、ぼんやりとしてしまっている。そんな自分に苛立って、誰も彼も離れていくというのに。

 そんな俺に、炭治郎は独占欲など抱くのか。

 信じられないと思うのと同時に、心の奥からふわふわと、面映ゆい喜びが滲みだしてくる。
 炭治郎と出逢ってから、こんなふうにいろんな感情が呼び起こされるようになったことに、義勇はそのたび少し驚く。
 うれしいだとか、楽しいだとか。そんな感情はもう、自分には得られないと思っていた。そんな感情をおぼえることすら、許されないと思っていた。
 なのに炭治郎が心に光を灯してくれて以来、炭治郎が笑うとなぜだか自分もうれしい。炭治郎から憧れの目で見られると、いたたまれなくも照れくさくなった。炭治郎といると、なぜだか楽しくなる。
 少しずつ、少しずつ、戻ってくる感情の数々。まだ片手にも足りないほどしか一緒にいたことはないのに、炭治郎は、そのたび義勇の感情を呼び戻す。

 じっと炭治郎が答えるのを待っていると、涙をぬぐった炭治郎はおずおずと
「あの……やきもちって、なんですか?」
 と、思いがけないことを言い出した。

「……錆兎たちに妬いてくれたわけじゃないのか」
 やっぱり錆兎の勘違いだったのかと、義勇が思わず肩を落としかけたそのとき。
「なんだ、君はやきもちを妬いたことがないのか? そんなことないだろう?」
「嫉妬だよ、嫉妬。一度ぐらいあんだろ? クラスのかわいい女の子が自分よりほかの野郎と仲良くしてんの見たときとか、お気に入りのオモチャをお兄ちゃんなんだから妹に貸してやれって言われたときとかな。自分が独り占めしたいのにって悔しかっただろ? それだよ、それ」
 声をかけてきたのは、クラスメイトだという二人組だ。炭治郎の言葉に苦笑した銀髪の男は、すぐに視線を義勇に向けてきた。
「そんなことより、おいこら冨岡。てめぇ呑気に二人の世界作ってねぇで、少しは周りも見ろよ。人に事情説明させてんじゃねぇよ」