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残念ながら手遅れです、覚悟はいいですか

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 恋愛とは二人で愚かになることだ。

 そんなことを言った外国の詩人がいたそうですけど、限度ってものがありますよね。もちろん、愚か者なんて、悩みを抱えた相談者に対して口に出しては言いませんけど。えぇ、誓ってそんなことは言いませんとも。なにしろこれはお館様のご命令です。私たちを想う親心から下された、大切な使命です。相応の覚悟を持って挑まねば、柱を名乗る資格なんてありません。えぇ、ちゃんとわきまえています。でも、やっぱり限度というものがあると思うんですよ。なにより二人ってところがいけません。二倍。二倍ですよ。愚か者一人でも頭痛がするっていうのに、二人。愚か者が二倍。はぁ。

「えーと、しのぶさん? どうかしましたか?」
「…………いいえ? なんでもありませんよ?」

 にっこりと笑ってみせたものの、自分の顔は本当に笑っているだろうか。はなはだ疑問に思いつつ、しのぶは引きつる口元を懸命にこらえた。
 鬼の出現が途絶えてから早幾月。お館様発案の問診も軌道に乗って、悩みを解決し憂いを晴らした隊士たちが意気軒昂に柱稽古に挑む様は、しのぶにとっても晴れがましくはある。
 しのぶ自身の忙しさは弥増(いやま)すけれども、それもこれも鬼舞辻討伐のため。悲願達成のためならば否やはない。

 だからこれも大事なことです。頑張るのよ、しのぶ。たとえ色惚けした愚か者が二倍に増えようと、顔に出すなんて未熟者です。

「それで、炭治郎くん? 今、なんて言いました?」
「はいっ! 義勇さんがかわいすぎて悩んでますって言いました!」
「……そうですか。私の聞き間違いならよかったんですけど、残念です」

 今日の最後の問診希望者が炭治郎くんだった時点で、嫌な予感はしたんですよ……そうですか、そうきましたか。

 ため息をどうにか噛み殺し、しのぶは目の前に座る炭治郎をまじまじと見つめた。
 少し緊張しているのだろうか。しのぶを見返す炭治郎は、ぴしりと背を伸ばして座っている。ちゃんと質問に答えなくてはと気負っているんだろう。至極真面目な顔で元気よく答える様は好感が持てるのだけれど。

 生真面目に伸ばした背筋は見ていて気持ちがいい。声だって元気があってよろしい。でも、内容が……ひどい。

 偏屈不愛想仏頂面な水柱の柱稽古まで進んだのは、今のところ炭治郎ただ一人。だからいつもだったら炭治郎はこの時間、千年竹林に囲まれた水屋敷で義勇と二人きり、稽古に励んでいるはずだ。

 その後はどうせ、二人でじゃれ合い戯れ合い睦み合うのだろうけれども。

 水の呼吸の兄弟弟子であるだけでなく、二人が現在恋仲にあることを、しのぶは知っている。知りたくもなかったけれど、知る羽目になった。しのぶが認知するに至った件についてはともあれ、二人の付き合いに横槍を入れる気は毛頭ない。しのぶ自身は色恋など門外漢もいいところで、いまだに初恋すら無縁だが、様々な本やら愛らしい同僚が恋のアレコレについて教えてくれるので、恋とはただただ幸せなばかりではないことぐらいは承知している。
 だから、炭治郎が恋人との仲に悩むことも、そりゃまぁあるだろう。
 なにしろ炭治郎のお相手は、あの冨岡義勇だ。寡黙で冷静なんて言う者もいるようだけれど、単純に口下手で表情筋が死んでるだけの天然ドジっ子な、あの水柱なのだ。

 意思疎通もむずかしいでしょうし、澄ました顔してその実かなり嫉妬深いみたいですし、自分の恋心さえ自覚がなかったくせに弟弟子に手を出したむっつり助平ともなれば、そりゃあ炭治郎くんだって悩みの一つや二つや百ぐらい抱えてもしかたがないですよね。

 義勇本人には到底聞かせられない辛辣な人物評ではあるが、しのぶとしては手ぬるいぐらいだと思っている。それぐらいは許されて然るべきだ。以前おこなった義勇の二回の問診中、しのぶは頭痛をおぼえるほど疲弊させられたのだから。
 とはいえ、江戸の敵を長崎で討つような真似は、医療従事者としても柱としても許されることではない。義勇へのあれこれはさておき、炭治郎が悩んでいるというのなら、真摯に向き合い、悩みを解決すべく手助けをすべきだ。
 ……そう。それはわかっているのだけれど。

「……かわいい、ですか。あの冨岡さんが。いえ、まぁ、かわいいと言えなくもないと思わなくもないということはなくもないかもしれないですが……」
「そうなんですっ! こう、グググってなってキューンってしてホワホワで、そのくせグワーッときてドッキドキなぐらいかわいいんです、義勇さんは!」
「…………すみません、炭治郎くん。わかりません」

 いろんな意味で。

 言っちゃった!! と真っ赤になった顔を両手でおおって恥じらう炭治郎ならば、まぁ、かわいくはあるけれども。かわいい。あの冨岡さんが、かわいい?
「では、具体的にはどのように悩んでいると?」
 聞きたくないけれど。しのぶ個人としては、断固として聞きたくなどないけれども! 聞かなければ話は始まらないわけで。
「うーん、たとえばですね……」

 朝起きたときに、あ、大概は俺のほうが早く起きるんで、朝ご飯を用意して義勇さんを起こしに行くんですけど。そうすると義勇さんはまだ寝てて、その顔が! 義勇さんってすごくきれいで男前ですよね、でもっ、寝顔はなんていうか子供っぽくって、とんでもなくかわいいんです! 思わず見惚れちゃって、炊き立てだったご飯が冷めちゃうこともしばしばで……。

「はぁ……さっさと自発的に起きてほしいと、そういうことでいいですか?」
「え? いえ、義勇さんを起こすのは俺の特権なので! それに義勇さんは冷めても俺の作るご飯はおいしいって言ってくれますから!」

 朗らかに笑う炭治郎は、じつに好ましい少年だと思う。こういう場で、そういう話をしていなければ。
「そうですか……続きをどうぞ」

 それで、目を覚ました義勇さんがおはようって言って笑ってくれるんですけど、その顔も蕩けそうっていうか、水あめみたいにとろとろして甘いっていうか、かわいさがとんでもないんです! おまけに、またお前の寝顔を見損ねたって拗ねたりするんですよっ!! もっと疲れさせてやればよかったって、閨での声で耳元で言われたりしたら、もう俺、どうしたらいいのかわかんなくなっちゃって……。

「……朝っぱらから盛るのはやめてほしい、と」
「いえ、あの……それは、べつに。俺を布団に引き戻したときの、義勇さんの悪戯っ子みたいな顔がかわいいので……」

 日陰の豆もときがくれば爆ぜるとはよく言ったものだ。遊郭の意味さえ知らなかったあの炭治郎がと思えば、頬を染めもじもじと恥らう姿は、まぁ微笑ましいと言えなくもない……かもしれない。
「……わかりました。朝の話はもう結構です……で?」