女の歯医者さんだった
家路に向かう人たちの足取りは、いつもと比べて軽やかである。(私のひがみかもしれない)。私の足取りは軽やかではない。
交番の向かいの、タコ焼き屋のおじさんは、いつもと同じ顔で、タコ焼きを焼いていた。〈おじさんの休みは何曜日なのだろう?〉
余談だが、このタコ焼き屋は、開店して十年以上になるが、堅実な営業を続けている。
おじさんのたゆまぬ努力と、交番の見張りのお陰で、客がきちんと金を払ってゆくためなのだろう。
私とタコ焼き屋のおじさん以外の人は、明日自由の身だ。
くどいようだが、私は明日もこの道を、駅に向かって歩かなければならない。
不公平である。
この不公平を解消するにはどうしたらよいのだろうか?
考えているうち、家に着いた。
猫が迎えてくれたが、猫には、とくに今日が金曜日という意識はないようだ。
私がいつもより浮かない顔をしているのを、
「金曜日の夜にも関わらず、こんな顔しているのは、もしかすると、明日も仕事があるのだろうか?」
と、気をまわしてくれる様子はない。
いつもと同じ顔で「ニャー」とないた。
私はふと、
「そうだ、失われた時間をとり返すには、与えられた時間を二倍楽しむことだ!」と思った。
〈映画を二本観よう!〉
作品名:女の歯医者さんだった 作家名:ヤブ田玄白