続・嘘つきな僕ら
僕は毎日雑務をこなし、時に課長から愚痴のように叱られて、一緒に入った女性社員と、毎日雑談をしていた。
彼女の名前は谷口真理。社員証の顔写真の横には、かわいらしいクマの、ぷよぷよとしたシールが貼られている。
彼女は可愛い物が好きな、甘い飲み物が好きな、ごく普通の女性だった。
仕事は頑張り屋で、たまに僕も置いて行かれるほどのスピードを見せる事もある。だからなのか、時にそれにくたびれてしまうらしいので、僕は「力抜いて、谷口さん」とよく声を掛けている。
その日の昼休憩の時に、僕はいつものように谷口さんと喋っていた。
「ねえねえ、相田さん、今度カラオケでも行きませんか?」
「え、ええ?カラオケですか?僕、歌ってあんまり得意じゃなくて…」
「ええ~、そっかあ。でも、歌は楽しければいいんですって!」
「で、でも、恥ずかしいですよ」
僕は、その時思い出していた事があった。いつも、こんな時には心が過去に戻ってしまう。
“雄一はロックが好きで、歌ってる姿もかっこよかった”
今の僕より、ずっと若くて、幼いとすら感じるようになった、それでも大事な彼の姿。
照明が薄暗いカラオケボックスで、彼のシャウトにびっくりしていたら、「なんだよこんくらいで。びっくりしたのか?ごめんな」と気遣ってくれた、彼。
“それなのに、どうしてあんなことになったんだろう”
その答えももう出ている。僕たちは若すぎたのだ。
「相田さん?どうしたんですか?カラオケ、やっぱり嫌…?」
僕がはっと気が付くと、目の前の谷口さんは、心配そうに僕を覗き込んでいた。ブラウンの彼女の髪が、傾けた首を滑るようになぞっている。
「い、いいえ、ちょっとぼーっとしてて」
「そっか。すみません、なんか、変な誘いしちゃって」
「大丈夫ですよ。僕こそすみません」
僕は彼女に気を遣わせてしまったので、謝る。そうすると、彼女はこう言った。
「でも…相田さんと、お食事くらいなら行きたいな…」
そう言った時、谷口さんは顔を赤くしてうつむいていて、僕は彼女にどう見られているのか、分かってしまった。
“断らないと”
そう思ったのに、僕はその理由がなんなのか分かっていたから、悲しかった。
“僕はまだ彼が好きなんだ”
とうに失った恋のために、自分が今を捨てようとしていると思うと、ほんの少し切なくて、とても寂しかった。
「す、すみません…じゃあ、機会があれば…」
やんわりと、彼女の誘いを断った。だって、機会は作らなければ訪れない。
谷口さんは、「そっか。ごめんなさい」と言って、自分のデスクに椅子の首を回して向い合せ、うつむいて食事に戻った。
僕は、今傷つけてしまった彼女の事も忘れ、もう帰れない日々について、考え続けていた。