怨念100%
……という俺は不動産情報に目を通す習慣を持っているのだが、ある日、恐ろしい格安物件を見つけた。
「恐ろしい」という形容詞を俺はただ価格について使ったが、「いわくつき」とのダブルミーニングでもいいのだろう。
しかし、冒険無くして俺の人生逆転も無いのも間違いない。
俺は不動産屋に連絡を取った。
「解体も草むしりもされていないんですよ……恐ろしくて」
汗を拭き拭きする営業の男と俺が問題の家を訪れると、荒れた庭と小汚い一軒家が待っていた。
「本当に来てしまっただけでも驚きですが、本当に中まで見ますか?」
俺が意を決してうなづくと、彼は門を開き、歩み入って玄関の扉を開いた。
「……どうぞ」
中は薄暗く、カビくさい。
靴箱の上には招き猫やその他よく分からない人形が乗っており、庭と同じくこちらも放ったらかしのようだ。
昨年までは前の住人が住んでいた、とは聞かされていた。
「まるで夜逃げの跡みたいですね」
俺がフると、彼は既にたびたび発された言葉を返した。
「そちらは答えかねます」
廊下を進むと、唐突に、一着の衣類が落ちている。
それを彼は拾うと、俺に向かって差し出した。
見たところブラウスのようだが、よく分からないまま受け取ると、彼は付け足した。
「縫い付けラベルを見て下さい」
戸惑いながら恐る恐る従うと、果たしてそれにはこう書かれていた。
品質表示
怨念 100%
取り扱い上の注意
・洗濯ネットをご使用下さい。
・漂白剤や漂白剤入りの洗剤のご使用は、お避け下さい。
「ひッ! ひいいいッ! な、何だこれはッ!?」
「絶対に着ないで下さいね……着ると大変なことになります」
「いったい何が起こるんですか」
俺が尋ねると、彼は押し黙った。
「おい! い、いったい何が起こるって言うんだッ!?」
俺が語気を強めると、彼は静かに口を開いた。
「……太るんですよ」
「何ですってッ!?」
「……着るたびに少しずつ太っていくんです。怨念によって」
「ひいいいいッ!」
俺はブラウスを投げ捨てた。
手が震えていたが、俺はひとつの事実に気づいた。気づいて、勝ち誇ろうとした。
「……しかし、太っていけばそのうちに着られなくなるでしょうッ! そうだッ! そんなものは、バカげているッ!」
「……おっしゃるとおりですね。しかし」
彼はクスリともせずに続けた。
「そういう理屈を越えたものが、怨念100%なのです」
何てこったッ……! 俺は天を仰いだ。
「ここには、こんな感じのものがあちこちにあります……もう、お帰りになりますか?」
彼は優し気な表情で言ったが、俺は首を横に振った。
「お、俺を見損なわないで下さいッ! 帰りません、帰りませんよ俺はッ!」
リビングだと思しき部屋に入ると、やはりそこも、前の住人が住んでいた跡がそのままだった。
本当に、何があったのだろうか。
彼に尋ねてもしかたが無いのをさすがに理解した俺は、手掛かりを探すように部屋を眺めた。
ローテーブルの上に、ポテトチップの袋がある。
俺がそれに目を止めたことに気づいたらしく、彼が横から言った。
「見てみますか?」
果たして、それにはこう書かれていた。
名称:スナック菓子
原材料名:怨念
内容量:85g
賞味期限:表面に記載
保存方法:直射日光、高温をお避け下さい。
「ひいいいッ! こ、こいつも怨念100%かッ!」
と、再び彼が横から言った。
「……絶対に食べないで下さいね」
「食べると大変なことになるのか」
俺が尋ねると、彼は押し黙った。
「おい! い、いったい何が起こるって言うんだッ!?」
俺が語気を強めると、彼は静かに口を開いた。
「……太るんですよ」
「何ですってッ!?」
「……食べるたびに少しずつ太っていくんです。怨念によって」
「ひいいいいッ!」
俺は袋を投げ捨てた。
手が震えていた。
……舐めていた。やはり、格安には格安の理由があったのだ。正直、もう帰りたかった。
が、しかし、さきほどタンカを切ったばかりの身では、さすがに言い出せそうにない。
仕方なく、俺は改めて辺りを見回す。
サイドボードの上に、紙が……原稿用紙が載っている。そう、今時珍しい、手書きの原稿である。
物珍しさに俺がそれを手に取ると、後ろから声が飛んできた。
「その原稿を読んではいけない! 読むと同じように大変な……!」
しかし、彼の叫びは、遅かった。
俺は既に原稿を見てしまっていて、そして文字として読んでしまっていた。
怨念100%
俺は薄給リーマン。投資とFIREに興味を持つ、一介の底辺リーマンだ。
……
(了)