小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

座敷童子

INDEX|1ページ/1ページ|

 
「いやあ、これは風情があるのう」
 古い旅館の一室。
 二人の男性が、うれしそうに荷物を降ろした。
 窓を開けて、空気を入れる。山が青い。
 調度品を見て回る。多くの品が古臭くて、しかし清潔である。
「この部屋、いえそもそもこの旅館自体が、博物館の所蔵品的ですね」
「これは期待できそうじゃ」
 老翁師岡丈太郎は満足そうに座布団に座って、お茶を飲んで満足そうに吐息を漏らした。
「……そういえば吾平」
「はい旦那様」
「さっきの受付の女の子……看板娘とでも言うべきか、結構別嬪なのに、わしが見たかぎり宿泊体験記では誰も言い及んでなかったようじゃ。何だか可哀想じゃな」
「だめです」
 召使いは老翁をたしなめた。
「えっ?」
「しかしさすがです」
「おいおい、言ってる意味が分からないぞ」
「結論からお答えさせていただきましたが、まず、だめだと申しましたのは」
 召使いは畏まって答えた。
「私の事前調査によれば、私たちが会いたい座敷童子は、手厚く取り扱うことが大事です。つまり、今回は、『座敷童子に会いたい』という一念から外れてはなりませぬ」
「そういうものなのか」
「はい旦那様。……続きまして、さすがですと申し上げましたのは、ここは既に座敷童子の霊力が及ぶ場であって、月並みの者であれば先ほどの一念から外れようが無くなるところ、旦那様には看板娘をよそ見する余裕がおありだということです」
「さすがわしじゃな!」
 老翁はまたお茶を飲んで、満足そうに吐息を漏らした。
「ちなみにその看板娘ですが、私の事前調査によれば、可哀想ではありませぬ」
「ふむ? 誰も気にかけていないのに?」
「座敷童子に出会って石油王と結婚する、という人生計画の途上のようです」
「座敷童子への期待が過大じゃない!?」
 老翁が驚くと、召使いは笑った。
「まあ、これも自由な社会のありようかと……」

       *       *       *

「いやあ、食事も温泉もよかったのう」
 同じ一室。
 二人の男性が、浴衣を着てくつろいでいる
「あ~、温泉はもう少しで貸し切りじゃったのは惜しかったな。わしら以外にひとり、中年男性がいたのがな」
「だめです」
「まただめ!?」
 老翁が面食らうと、召使いは畏まって答えた。
「はい旦那様」
「わしはあんなおっさんになんて興味は無いのに?」
「それはもったいないと言えばもったいないですね。私の事前調……あ、やっぱり辞めておきます」
「何それ好奇心を掻き立てに来てるじゃないか! 言いなさい吾平!」
「……はい旦那様」
「早く早く」
「あれは中年男性というか、温泉おじさんです」
「言ってる意味が分からないぞ再び!?」
「……つまり、座敷童子的な意味で温泉おじさんということです」
「ん~?」
「妖怪なんですよ」
「ええ~っ! よ、妖怪!?」
「はい旦那様」
「事前調査で!?」
「事前調査でです」
「それってめちゃくちゃすごくない!?」
「私もそう思います。ただ、ここの旅館の主人公は座敷童子なので、温泉おじさんを気にしてる人は人っ子一人いませんね」
「温泉おじさん可哀想!」
「ちなみに温泉おじさんにも霊験があります」
「わしら見たじゃん会ったじゃん! どうなの!?」
「神経痛とリウマチにいいです」
「温泉と同じじゃん!」
「そうですね」
「……でも妖怪なのはすごいわ。わしらすごいところに来てるんだわこれ」
「ここは実際すごいですよ。座敷童子だけでもすごいですが、私の事前調査によれば、今夜の宿泊客は……あ、やっぱり辞めておきます」
「何それ好奇心を掻き立てに来てるじゃないか!」
「でも……」
「言いなさい吾平!」
「では……さきほど廊下ですれ違った男性なのですが」
「うん」
「風船おじさんです」
「風船おじさんってあの!?」
「はい旦那様」
「えええ~っ!? 風船おじさん!? やっぱり幽霊なの?」
「いえ生きてます」
「すごい! 風船おじさん幽霊でも生きててもすごいってすごくない!?」
「私もそう思います」
「ワイドショー案件じゃないのこれ!?」
「だめです」
「またかよ!」
「ご本人が声高に言わない限り、そっとしとくのが良心だと思います」
「そう言われればそうじゃが」
「さすがです旦那様」
「ねえ、他には誰かいるの?」
「教育ママとおてんば娘がいますね」
「それは多少のぎくしゃく感があるが、特別ではないね」
「でも宇宙人ですよ」
「えええ~っ!?」
「私の事前調査によれば、この二人はケンカする時、口から緑色のねばねばを吐き合います」
「それはすごい! ワイドショーじゃなくてこれ政府が駆けつける案件じゃない!?」
「だめです」
「ハイまただめ!」
「それと、この二人はぎくしゃくはしてないです」
「そうなの?」
「あんしんパパが一緒ですので。あ言っちゃった」
「あ~、あんしんパパと一緒なら安心か。っていうかあんしんパパってあのあんしんパパ!?」
「……はい旦那様」
「キテレツ大百科ED『はじめてのチュウ』で有名なあの?」
「そうですね」
「えええ~っ!? わしも見たい会いたい!」
「だめです」
「もう分かってるよ! でも、何かすごい人で会ってもいい人はいないの?」
「凶悪詐欺師ではいかがですか?」
「イヤじゃよ!」
「でもあんしんパパも一緒だから安心です。同じ部屋に四人でいますよ」
「その四人はどういう関係なんじゃよ! 気になるよ!」
「だめです」
「分かってるよ! でももうこの際他もまとめて教えてくれ!」
「私の事前調査によれば、他には純情ボーイ、アラフィフ女子、キムタク、九州男児、砂かけババア、風見鶏、ナイスガイ、イナバ物置CM出演メンバー全員、チョイ悪親父、子供部屋おじさんですね」
「いったいこの旅館で何が起こっているんじゃ!?」
「ちなみにチョイ悪親父は私です」
「どうして自分を含めたんだよ!」
「子供部屋おじさんもそうです」
「吾平おまえ……!」

       *       *       *

 スーツの老紳士が歩いていると、女性秘書が駆け寄る。
「おはようございます!」
「ああ、おはよう」
「休暇はいかがでしたか? そのご様子では、だいぶよい気晴らしをなさったようですね」
「分かるかね」
「はい」
「目的は果たせなかったんだがね。ただ、本当に気が楽だった。名前も身分も偽ったんだが、そんなものは不要だったぐらいに誰もわしのことを気にしなくてね。宿泊施設の廊下を、全裸でぶらぶらしてきたよ。おっと失礼」
「いえかまいません。お仕事さえ、気持ちを切り替えてやって下されば」
 老紳士は微笑み返すと、気持ちを引き締めて、合衆国大統領の椅子に座った。

(了)
作品名:座敷童子 作家名:Dewdrop