舞の毎日
重い瞼が自然に開いた時、同じベッドに横たわる誰かの背中が見えた。
「誰?」
「夢?」
夢と現実の区別のつかない中で、舞が喉から搾り出した空気が声になった。
動かなかった隣の背中は、思い立ったように突然ぬっと起き上がった。舞には目をくれることもなく部屋を出ると、しばらくしてシャワーの音が聞こえた。
日本橋にある老舗の上場製薬会社に新卒で入社して、半年間の研修を終えた森田舞は、配属先で同行研修に入った。
西東京営業所。大学卒業まで三重県で育った舞には縁もゆかりもない東京での生活が始まったのだ。
OJTと呼ばれる同行研修は、朝営業所に出向くと、所長の榊田真一の運転するプリウスに同乗することになる。そんな毎日が、大体1ヶ月は続くことになるのだ。
「眠いだろ。寝てろよ。」
引き締まった胸筋がバスローブの間から覗く。シャワーを浴びてベッドに戻った榊田は舞に優しく声をかけた。
舞は一瞬で全てを理解した。
・・・私、セックスしたの?
自問自答したが、昨夜の記憶が飛んでいる。
・・・これが大人というものだろうか?
地元の進学校と言われる公立高校から国立大学に進学した。理系で東京の大学の理工学部を目指したが、親の反対もあり、地元の国立大学の薬学部を選んだ。
大学時代はほとんど学校も休まず、薬学部の6年間を過ごした。というか、実験やら研究もあり、文系のようには休めるわけでもない。田舎の国立大学といえば、本当に真面目な子ばかり。高校の延長でもある。
新卒ではあるが、24歳。普通の大人なら元カレもその前のカレもいて、別にせっくすしたところでなんのことはないかもしれない。でも舞は違う。
いわば高校生の延長のまま地元の国立大学で6年間を過ごした新卒なのだ。
「榊田さん、私、昨日は・・・」
舞が少しだけはっきりした声を出すと、榊田が遮るように、優しい笑顔でいうのだった。
「気にしなくても大丈夫だよ。」
榊田真一は43歳。転職を経て今の製薬会社で所長になっている。福岡の持ち家に妻と2人の子供を置いて西東京営業所に単身赴任中である。
「私、これで、2回目なんです。」
舞がさらに言うと、榊田は、また優しく聞いた。
「何が?」
そうだ。確かにそうなのだ。セックスしたかどうか、舞も覚えてないのだ。もしかしたら、していないかもしれない。
「さあ、コーヒーでも飲みに行こう。」
榊田は優しい笑顔だ。爽やかささえ感じる。
気持ちが片付かないまま、舞は起き上がる。ブラジャーをつけていないことに気づいたが、榊田は既にリビングルームだった。
揺さぶれる心のまま、些かの期待や楽しさを感じていることに、舞は気づき始めていた。
封印していた女の10代、20代前半が、ある日突然噴水のように湧き出てきて来るようでもあった。
・・・誰か、、私を止めて。
榊田との一晩に何があったのかはもうどうでも良くなっていた。
止める事のできない自分自身。止める事のできないスリル、恐怖、不安、そして止まらない期待。
もう、私には止められない…。