夜だった。
白の、ハイエース。後部座席は取り外され、車中泊ができるように改造されていた。片側のスライドドアを潰してあつらえた小さな本棚には、わたしがプレゼントしたいくつかの古い本と、宝物を収めた小箱が並んでいた。小箱の中には、腕時計が入っていた。飴色の金属でできた手仕事品。秒針には星がついていて、文字盤は中心に向かって沈んでいく宇宙だった。「一緒に時が刻めますように」と、願いを込めてわたしが贈ったものだった。
あの人は星を観るのが好きだった。だからたびたび望遠鏡を積んで出かけた。決まって月のない日で、闇は深く、わたしたちも夜の一部となった。
お気に入りの曲を聴いて2人で口ずさんだ。重ならない思い出のはずなのに、重なる想いを分けあった。口に出してはいけない未来への希望と絶望があった。確かに、自分自身をすべて投げ出していいと思っていたのに。
ささやかな星の光の下で生きることが怖くなって、わたしはその車からおりた。2人で何万光年も向こうの夢のような光を見上げて、根無草のように生きることは無理だと、最初から知っていた。知っていたのにね。そんなことどうでもいいくらい、あの人を愛した。でも、それ以上に、日の光に憧れてしまった。
今もまだ、あの車のあの本棚の、星にまつわるあの本と、小箱の中でそっと時を刻む時計を思い浮かべることがある。月のない夜、空を見上げて思うのだ。もう一度迎えにきて、と。でももう、一緒にはいけないの、と。