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田中よしみ
田中よしみ
novelistID. 69379
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ウラバンナ(朱夏紀ー2)

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「ええ、以前、駅前のピープルで吉川さんに会ったことがあります。その時に聞きましたが……」
吉川夫妻が離婚して二年後だったが、帰省した時に偶然に吉川弘文から声を掛けられて長話をしたことがあった。その時の彼は地元で人工透析をしながら医療関連の配送の仕事をしていた。

「柊が離婚した後に、連絡を取り合わなかったの?」
ママは私を秋津柊の彼氏の候補として思い直したのか、その線から追及してきた。
「いいえ、吉川さんからも同じことを訊かれましたが、その頃私は台湾事務所に赴任したので秋津先輩とはずっと音信不通の状態でした……」
「そうなの、台湾に行っていたの……、二人にその気持ちがないのなら、池澤さんは一体何のために、死の直前に仲立ちを私に頼んだのかしら……」
さすがのママも怪訝そうな顔で白薔薇を見つめていた。捷一の葬儀の後に気付いたと言って、一転して六曜のことを話し始めた。
「池澤さんが亡くなってから、ふと思ったのは、矢納さんと柊の共通の知人は私以外に他に人物がいないということです……」
確かに捷一が欠けてみれば、二人の共通の知人は他に見当たらなかった。
「池澤さんは自分が亡くなった時のことを思って、仲立ちを私に依頼されたのだと思いました……」
ママの話には一応筋が通っていた。私にすれば、そんなことよりも秋津柊の現在の家族状況や住所地を知りたかった。だが、私の気持ちをよそにママは会話の主導権を離さなかった。
「彼の寿命が盆までもたないことを自覚していれば、ママに依頼したのかもしれませんが……」
ママが真剣に自説を展開しているので、水を差さない程度に相槌を入れた。
彼が亡くなって同期会も流れていたので、私が帰省して今日この店を訪れる確率はものすごく低いはずであった。現に盆前に急遽帰省を決めたわけであり、彼が亡くなる直前に分かるはずがなかった。
それにもかかわらず、私が今日の夕刻に店に来ることを信じてママも準備してくれていた。
「わたしも現実に矢納さんが現れたので驚いているのです……。二人の仲立は池澤さんの遺言ですし、私は執行人を仰せつかったと思っています……」
遺言は兎も角として、ママの執行人説はいささか迷惑だったが、その執行人から引き下がりそうにもなかった。

「六月七日の葬儀に行った時に、池澤さんは実際には五日に亡くなられたと聞きました……」
私が先ほど焼香に行った時も、亡くなった日は友引だったので仏滅の七日に葬儀を執行したと遺族から聞いていた。
ママは思い出したように、カウンターの引き出しから折り曲げた今年の六月のカレンダーを持ってきた。
「葬儀から帰って来て、この六月の六曜をみたら五日は確かに友引でした。よく見ると池澤さんが店に来られた一日も友引であることがわかりました……」
六月の一日と五日の下に印刷されている友引に赤丸がしてあった。
「友引に格別な意味はないでしょう。たまたま重なっただけで……」
私の素っ気ない否定に対抗するように、ママはカウンターの壁から今年の八月のカレンダーを外してきた。
「矢納さん、今日の六曜を知っています……。その時に念のためにと思って、二ケ月後の八月の、つまり今月のカレンダーをめくってみたら、今日の十三日も友引になっていました……」
池澤捷一の魂に導かれて、私が今日の友引の日に現れたのだと言い張った。
「確かに何れも友引ですが、それを根拠に私の今日の行動を彼が予言していたというのは強引過ぎませんか……」
ママは、柊とダブルスを組んで攻めのスタイルを信条にしており、昔から言い出したら引き下がらない一直線のところがあった。友引の切り口から自分の推理の蓋然性を高めようとして自説を曲げなかった。
「友引の丑の刻(十一時から十三時)は凶ですが、夕方以降は吉とされています。今の時間は縁起のよい時間帯にあります。池澤さんはそれを意識されて、この時間に仲立ちの準備を私に指示されたのだと思います」
私はこの種のオカルトには興味がなかったが、ここはママの話を聞き流して早く終わらせるしかなかった。
「寿命の灯が消えようとしている池澤さんが、友引の日にお二人の引き合わせを願ったとしても不思議はないと思います……」
ママは友引という日が偶然に重なったのではなく、彼の魂が友引の日を選び、私はそれに導かれて帰省したのだと主張した。
「盆の十三日の夕方に店を開けて、この席に白い薔薇を二輪だけ飾って、お二人を引き会わせるように指示をされてから帰られたのです……」
ママは池澤捷一の指示したことを説明した上で、この日の費用として封筒に現金を包んで病院に帰って行ったことまで話してくれた。
「それで、この白薔薇が活けてあったのですか?」
二輪の清楚な白薔薇はママとの論争にも無言のままであった。

「この白薔薇は池澤さんの息子さんが父親の言いつけに従って、今朝になって持って来られました……」
日頃、男勝りのママが神妙な顔をして花言葉を教えてくれた。
「白薔薇には“あなたにふさわしい”とか“深い尊敬”という意味があるそうです。池澤さんは、お二人に花言葉を遺されたのではないでしょうか? 何とかして二人を会わせてあげたい、その一心だったと思いますよ……」
彼は癌に蝕まれて土色のやせ細った顔を思い出したのか、目を潤ませながら執行人としての役割を果そうとしていた。
「わ、分かりましたが……。でも、今更秋津先輩も迷惑だろうし……。池澤の遺言だとしても、ママがここまで誠意を尽くされたことだし、それで彼も納得していると思いますよ」
この騒動に柊を巻き込まないために、仲立ちの一件に終止符を打とうとした。
「私は遺言を引き受けた立場ですから、そういう曖昧な幕のひき方では池澤さんに申し開きができません。池澤さんが言い遺されたように、白薔薇の前でお二人に会っていただかないと困ります」
ママは二人が会わなければならない重大事があることは察知していた。それを知るために、先ほどから私をいろいろ詰問していたようである。

「秋津さんも急な話だし、今更会ってくれないと思いますよ……」
日本橋のホテルで別れて以来、柊から一切の連絡がなかっただけに、この突然の遺言騒動に彼女が乗ってくるはずがなかった。
「実は池澤さんの葬儀が終わってから柊に仲立ちの話をしたら、彼女は驚いていたけど随分乗り気でしたよ」
ママは有能な刑事のように柊の言質をとっており、私に有無を言わせない状況に追い込んできた。
「えっ! 秋津先輩が、ですか……」
今まで連絡してこなかった柊が、態度を一変させて私との再会を承諾したことも意外であった。
このままママの仲立ちの話に乗っていれば、その流れで柊の子供の出自にも辿り着けそうな気がしていた。

「ええ、柊は矢納さんにお会いできるのを楽しみにしている感じでした。先ほど、思春期のプラトニックな関係と言われましたが、お二人は本当にそういう程度の関係ですか?」
その時の柊の様子から、彼女の想い人が意外にも矢納孝夫ではないかと推理を膨らませていたようである。
そうであれば池澤捷一が死の直前に仲立ちを計画していたことも、死後の仲立ちの世話を依頼してきたことも説明がついた。