性癖
疲れ切ったような一人の青年が、紳士然とした中年の精神科医と話している。
「はい……何を見ても何を聞いても、おっぱいのことを考えてしまうんです」
精神科医は尋ねた。
「それでは、今私の顔を見てもそうなのですか?」
「……はい」
「いったい何故?」
精神科医が青年の顔を覗き込むと、青年は伏し目がちに答えた。
「その……先生の目と眼鏡から、おっぱいとシースルーの下着を……」
「……なるほど」
それでも一理ある、と考えながら、精神科医は続けた。
「それでは例えば、デカルトはどうですか? デカルトと聞いて、何を思い出しますか?」
「……でかいおっぱいですね」
再び、青年は伏し目がちに答えた。
精神科医は選ぶ名詞を間違えたように思ったが、しかし事情ははっきりしたのでよしとした。
そしてにこやかに続けた。
「あまり深刻に心配しなくていいですよ」
青年は顔を上げた。
「そうなんですか?」
「似たようなことは、多かれ少なかれ、男性にはあることです。特に若い男性にはね」
すると青年は、この診察室を訪れて初めてになる笑顔を見せた。
「それならよかったです。もう、自分だけがおかしくなってしまったんじゃないかと……」
「あ、ついでにもうひとつ聞いていいかな?」
精神科医は柔らかな表情を保ちながら切り出した。
「ええ。ええどうぞ」
青年も笑顔を返すと、精神科医は尋ねた。
「尻と言ったら、何を思い出しますか?」
「ふたつの柔らかい膨らみと谷間から、やはりおっぱいを思い出しますね」
と、精神科医はすさまじい勢いで机を叩いた。
「この分からず屋!」
(了)