小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

化身 ~掌編集・今月のイラスト~

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

 バラエティに出演すれば清楚さと色香を絶妙なバランスで発揮し、受け答えも頭の回転の速さを感じさせる、そしてその発言や振る舞いは、彼女が奏でる琵琶の音も相まって彼女の謎めいた魅力を深めて行く。
 
「お願い、もう私を追わないで……住む世界が違う人間なの……」
 初主演したTVドラマは正に彼女のために書かれた脚本によるもの、狂おしいほど彼女に魅せられた男が必死に彼女を追うが、手が届いたかと思うと彼女はふっと身をかわしてしまう、そして最終回、彼女は彼の気持ちに感謝し、自らの愛情も告白するが、謎めいた台詞だけを残して消えてしまう……。
 手を触れることはできるが抱きしめようとすれば泡のように消えてしまう……まるでシャボン玉のような彼女の魅力は、その確かな演技力によって見事に表現された。

「ごめんなさい、私はこれ以上あなたの愛に応えることができないの……」
 映画ではもう一歩踏み込んだ。
 彼女は美しく愛を交わすシーンをも披露したが、ラストシーンではどこかへ消えて行ってしまう……愛を交わすことはあっても誰のものにもなれない、そんな女を官能的に演じて見せた。

 そして歌手デビュー。
 琵琶の弾き語りで静かに始まるその曲は、やがてシンセサイザーの響きにも彩られて聴く者を幽玄の世界へ誘う。
 透き通った彼女の歌声に心を鷲づかみにされ、哀愁を帯びた琵琶の音で締め付けられ、やがて虚空へと誘われるよう……。
 もちろん年間第一位の大ヒットを記録した。

 音楽活動はソロだけにとどまらなかった。
 自らのバンド『TAKARABUNE』を率いて制作した1stアルバムは、虚空を彷徨うかのような幽玄な曲から激しく叩きつけるロックまで、一つのジャンルになど到底納まりきれない彼女の多彩で豊かな音楽性を如何なく発揮したものとなった。

 アルバムの成功を受けて始まったドームツアー、東京から始まり日本を縦断した『TAKARABUNE feat.BENTEN』はアメリカへと飛んだ。
 アメリカの主要都市を回り、最終日の舞台となったのはNYのメットライフスタジアム、8万人を超える収容人数を誇るアメリカン・フットボール用のスタジアムだ。
 それまでの公演と同様、青白いスポットライトに浮かび上がったBENTENの琵琶弾き語りで静かに幕を上げ、一転してTAKARABUNEが激しいビートを叩き出し、聴衆のボルテージが一気に上がる、その時だった。
 PAの大音響を複数の銃声が切り裂いた。
『一体何事!?』とTAKARABUNEは演奏を中断し、聴衆も銃声が上がった方向を注視した。
「このスタジアムは我々が占拠する、お前たちはみな人質だ! アッラーは偉大なり!!」
 ライフルやマシンガンで武装するだけでなく自爆用のダイナマイトまで体に巻き付けたテロリストの一団がすべての出入り口を封鎖するように立ちはだかっている。
 NY市民は貿易センタービルが炎上、崩れ落ちた光景を今でも目に焼き付けている、相手は自爆をも辞さないテロリスト、危険なこと極まりない上に迂闊に手も出せない。
 その時だ、ステージ上のBENTENが叫んだ、いや、吠えた!
「アッラーが何ほどのものよ! 宗教ってのはね、人の心と暮らしを平穏にするために存在するの! それぞれが自分の神を信じれば良いのよ! それを異教徒だとかなんとか争いの種にするなんてどういう了見よ!」
「なんだと!? アッラーを貶めることは許さんぞ!」
「別に貶めちゃいないわよ、でもね、争いの種になることを許してる時点で神失格よ!」
「言わせておけば……」
「これでも食らいなさい!」
 BENTENが掌を前に突き出すと、そこからは激しい水流が発射された。
「ぐわっ!」
 水の直撃を受けた100m先のテロリストが思わずよろけるほどの水圧! 
「く……ダイナマイトが……」
 体に巻き付けたダイナマイトは水浸しだ。
「オン・ウカヤジャヤ・ギャラベイ・ソワカ! オン・ウカヤジャヤ・ギャラベイ・ソワカ!」
 BENTENが何やら呪文のようなものを唱えると、その身体が赤い炎に包まれた。
「変身!!!」
 そう叫ぶと炎は消えた、するとどうしたことか! BENTENの身体は甲冑のようなものに包まれ、その身体からは8本の腕が生えているではないか! そして手にはそれぞれ弓、矢、刀、矛、斧、長杵、鉄輪、投げ縄が握られている。
 その勇ましい姿に仰天したものの、同時に敵に立ち向かう勇気を得た聴衆はテロリストに飛びかかり、変身を遂げたBENTENとTAKARABUNEのメンバーたちも加勢するためにステージから飛び降りて行く。
 強い! なんと言う強さ! 8本腕となったBENTENは次から次へとテロリストたちを打ち据え、たちまち縄で縛り上げ、まとめてゴミ箱に放り込んでしまった。
「あんたたちみたいなゴミにはゴミ箱がお似合いよ!」

「驚いたでしょう?」
 騒ぎを収めてステージの戻ったBENTENは元の美しい姿に戻っている。
「あたしはBENTEN、日本では弁才天と言って芸能を司る女神なの、そして昔はヒンドゥー教のサヲスヴァティー、水の女神だったわ、さっきのはあたしのもうひとつの姿、八臂の姿のあたしは戦勝の女神でもある……みんなのピンチに思わず変身しちゃったわ……正体を現わしてしまったからにはもう人間界に留まってはいられないの、ごめんなさい」
 そう言い残してBENTENはステージから走り去り、スタッフが慌ててその後を追ったが、その姿は空気に溶け込むように薄れて行き、消え失せてしまった……。

 BENTENが姿を消してから数か月後、彼女が世に出るきっかけとなった写真を撮影した件のカメラマンは江の島にいた……目の前には裸で琵琶を抱える弁天像。
(なるほど、あなたは芸能の女神だったんですね……道理で常人離れした美しさを持ち、芸事全てに精通していたわけだ……そして……)
 江の島にはもう一体の弁天像が安置されている、こちらは戦勝の女神である八臂像。
(そして人々のピンチに直面して、戦勝の神に変身したんですね……この二つの像にはどちらにもあなたの魂が宿っているのかな……)
 二体の弁天像は何も語らない、しかし、これからも人の世を見守ってくれるだろう。
 なぜなら、今も江の島を訪れて弁天像に手を合わせる人々は後を絶たないから、そしてこれからもずっと……。