僕が彼女を抱き上げたわけ ~掌編集・今月のイラスト~
僕は一枚余っちゃったチケットを誰に譲ろうかな……と眺めていたんだけど、ふと、あることに気づいた。
もしかして……。
試合当日、僕はチケットを誰にも譲らないで、1人で神宮に出かけて行った。
普段はライトスタンドなんだけど、彼女を誘うつもりだったんで1塁側内野スタンドを奮発してた。
「ビールいかがですか~」
「コーラいかがですか~」
「お弁当いかがですか~」
スタンドには様々な売り子が歩きまわっている、もちろん試合の行方も気になるんだけど、僕は売り子さんたちにも目を配っていた……。
いた。
思った通り、彼女は重そうなビールサーバーを背負ってスタンドを登ったり下ったりしてた。
「ビール下さい」
「は~い、ただいま……あ……」
「へへへ、見つけちゃった」
「見つかっちゃったか~」
「ま、とりあえずビール頂戴」
「はい、ありがとうごさいま~す」
僕は彼女からビールを受け取ると、スタンドを登っていく彼女を見送った。
なるほどね、シーズン中は1週間に3日くらいの割合で、重いビールサーバーを背にスタンドを登ったり下ったり……その上山好きと来れば健脚になるわけだ。
試合? 息詰まる投手戦だったけど、若き主砲・村上選手のホームランでサヨナラ勝ちさ。
彼女の『秘密』を知れたのも相まって、スカッとした夜だったな。
「別に隠す必要もなかったんだけど、何となく気恥ずかしかったの、良く神宮へ行くって聞いてたから鉢合わせるかもって……内野スタンドはあの日だけ?」
「そう、天王山の試合だったし、君を誘おうって思って奮発したんだ、でもさ、仕事だからって言ってたろ? その前にも何回か神宮に誘ったけどいつも『仕事』だったからさ、もしかしたら……と思って売り子さんに気を配ってたんだよ、我ながら名推理だったね」
「でも、なんか照れ臭かったなぁ」
「もう大丈夫だろ?」
「まあね」
「また内野席行ってもいいだろ?」
「いいよ、どうせもう見つかっちゃったしね」
彼女はそう言って、あの魅力的な、屈託のない笑顔を見せてくれた。
そしてスワローズの優勝が決まった瞬間、僕は彼女と一緒にスタンドでそれを喜び合うことが出来た。
9回の表、その瞬間が近づいて来ると一塁側のスタンドにはもうビールなんか頼もうって人はいないからね、彼女も僕の脇の通路に立ってその瞬間を見守ってたってわけさ。
d (>◇< ) アウト! _( -“-)_セーフ! (;-_-)v o(^-^ ) ヨヨイノヨイ!!
「やったー!」
山田選手のホームランでスワローズの逆転勝ちが決まった瞬間、彼女は席から飛び上がるように立ち上がってこぶしを突き上げた。
もちろん僕もね、それから彼女を抱き上げたよ。
翌年の4月、開幕戦さ。
就職した彼女はビールの売り子のバイトもやめて、晴れてスタンドの椅子からグラウンドの方を向きっぱなしで観戦できるようになったってわけ。
僕と彼女の共通の趣味、山とスワローズ、どっちも楽しめるようになったのさ。
彼女を抱き上げたわけ?
そりゃ予行練習に決まってるじゃないか。
そう遠くないうちにプロポーズするつもりだからね。
きっと「Yes」と答えて抱きついてくれると思うからさ、その時は彼女を抱き上げてぐるぐると振り回すんだ、そう、なにかのCMで使われたアニメみたいにね。
作品名:僕が彼女を抱き上げたわけ ~掌編集・今月のイラスト~ 作家名:ST