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きまいら2012
きまいら2012
novelistID. 4753
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悶々夜話

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じろべえは頭を悩ませていた。ただでさえ容量の足りぬ頭を必死で悩ませていた。買うべきか、買わざるべきか。無論、卑猥なDVDのことである。ブルーレイではまだない。流行りの3Dなどどこか別の世界の話だ。

 その日、会社の先輩方に連れ立って行き着けの中華料理屋で紹興酒をしこたま飲んで、会計の時にいつも出てくる店の娘がまだ19であることを知った。前々から若いとは思っていたがそこまで若かったとは思っていなかったじろべえは存外に得をした気分になった。
「また来るよ」と言い残して店去り、ああだこうだと先輩方としゃべくりながら駅前で別れた。独り電車組のじろべえはやや燻った感じの情欲を頭の片隅に感じながら、そのまま改札へは向かわず一路男性専用書店へ向かった。そこは書店といいつつも、卑猥なジャンルであれば動画媒体の扱いも豊富なのである。じろべえは、そこで悩んだ。否、一つは決まっているのである。もう引退が決定した肉姫の作品を特集したDVDは残り一つだったので、二千円という割安感にもおされて入店早々買おうと心に決めた。問題は二つ目のDVDを買うかどうかである。

 この店に、じろべえはある程度の覚悟を持って入店している。6,000円、というのが一つのボーダーラインだった。ネタ的にコアなDVD作品の場合、内容の如何はよくわからないがDVD一枚だけで6,000円ということはままある。家に帰れば金使いにうるさい妻が待っているじろべえにとっては卑猥なDVD一枚のために6,000円を払うなど、よほどの内容でない限りは馬鹿馬鹿しい。しかも今や広大なネット上には無料の過激画像が気が狂うほど溢れている。それを考えるとDVDを買うこと自体が一つの愚行ではないかという考えも頭をよぎるが、じろべえにとってある一定金額の中でDVDの枚数、質、自分の中の情欲を葛藤させて購入を決断するという一連のプロセスは卑猥云々を抜きにしてショッピングを楽しむことと同じだった。
逆の言い方をすれば、あくまでもショッピングを楽しんでいるのであるが内容が卑猥なものなので性欲も満たすことができて二度おいしいというお得感があるのである。

 結局、じろべえはもう一つキワモノのDVDを買い、計2枚の5,000円そこそこで自分の情欲の折り合いをつけた。「なんなんだこの達成感は」、とじろべえはいつも思う。それは不思議と何も買わなかった時にも思うことなのだ。そういう時はおそらく自分の情欲を制しきったという達成感を感じているのだろうと、じろべえは自分なりに分析している。

 帰り道、じろべえは電車に揺られながらDVDに出ている肉姫たちのことに思いを馳せる。彼女達は一体どういう心境で、このような修羅界に身を置いているのだろう。DVDの中に展開されている紛れもない世界の実相は、地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間、天の六道のうち畜生の世界に類していると考えてあまり間違いはない。阿修羅以上の世界には誇りがある。阿修羅は怒りの世界なのでDVDの中ではほとんど展開されているようには思えない。そうすると地獄、餓鬼、畜生の世界であるが、時代的状況から考えると飢餓の世界である餓鬼が展開されていることはまずない。たまに地獄が展開されているジャンルがあり、じろべえも数度そういうものを目の当たりにしたことがある。地獄と畜生の世界で肉姫達の体が轢き潰され、商業という人間の技によって綿密に綾なされた結晶体。DVD一つ手にとっても恐ろしいものだとつくづく思う。電車を降りて改札を抜けると、ふと妻の顔が頭に浮かぶ。自分は随分幸せな世界に生きている。「また、詰らないものを買ってしまったな」とじろべえはひとりごちる。


道すがら、じろべえは2枚のDVDをポイと草叢に捨ててしまった。




終わり
作品名:悶々夜話 作家名:きまいら2012