紅の鶏
とある農家の息子が「農業なんぞやるものか!」と出奔してパリで仕事をしていたが、幾度か転職した末にやはり農家を継ぎたいと言いながら帰ってきた。
「……というわけらしいチュウ」
「へえ~、やっぱりだめだったんだねドラ息子」
話しているのは、この農家を勝手にうろついているネズミと、この農家に飼われていて太っているメンドリである。
「そうみたいチュウ。それにしても、帰ってきて愚痴と悪態ばっかりみたいだチュウ」
「そんなに不本意なら、パリにしがみつけばよかったのねえ」
「ウシさんのことはうすのろのバカ、ブタさんのことは臭い死ねって言ってたチュウ」
「ハハハ、八つ当たりもいいところだね」
メンドリが笑うと、ネズミが付け加えた。
「メンドリさんのことは、飛ばない出来損ないって言ってたチュウ」
メンドリの目が吊り上がった。
「何ィ? もーいっぺん言ってみ!?」
「ボ、ボクが言ったんじゃないチュウ。ドラ息子が言ってたんだチュウ」
「……飛ばない鶏はただの鶏だコケッコ」
メンドリは毅然と言った。
「あたいのじーちゃんの言葉よ。あたいたちは、飛ぶ時にはものすごい勢いで飛ぶ。敵を目がけて、まっしぐらにね」
「ほ、本当チュウ? さすがのメンドリさんでもそれは……ヒッ」
メンドリからキツくにらまれて、ネズミは縮み上がった。
「あのヤロー、パリがそんなに偉いってのかい? パリで何を知ったってんだろうね? あたいたちの誇りを見せてやるから、ついてきな!」
「……ハイ、チュウ」
メンドリがズンズン進んでいく――ネズミも大人しくついていく――と、ちょうど家の扉が開いて、噂の息子が出てくるのが見えた。
メンドリは卵を産むと、握って大きく振りかぶった。
「いろいろおかしいチュウ!」
(了)