シナプス(おしゃべりさんのひとり言 その78)
シナプス
ある20代の男が、僕にここんな質問をしてきた。
「木田さんて、何でも出来ますね」
「人に出来る事なら、大抵は」
「苦手な事って、無いんですか?」
「あるよ。でも苦手だって気が付いたら、克服するようにしてる」
「それが秘訣ですか?」
「・・・秘訣?」
秘訣って言うより、当たり前。
僕は出来ないことを練習したり、知らないことを調べたりなんて、当たり前のことだと思ってきた。当り前って思わない人っているの?
きっといないと思う。でもそうしないのは、ただ面倒だからかもしれない。
複雑な動作だと体がうまく動かないでしょ。例えばダンスとか、楽器を演奏するとかは、繰り返しその動きを練習するもんだし。算数の長い計算式は、慎重に間違えないように計算していくけど、珠算や公文式みたいに、単純に繰り返し訓練することで身に付くもんだって、疑ったことがない。
なんで出来なかったことが出来るようになるのかは、脳ミソの仕組みに理由があるんだろう。脳の働きがスムーズかどうかという事は重要。でも、天才かバカかってことじゃない。
例えば、苦手なことをコンピュータにやらせることって多いでしょ。時計や電卓、GPSなんかは、その用途で開発されてきた。今はスマホ一つで何でも出来るから便利だよね。だから自分でやろうとしなくなるんだ。頭使いたくないもん。コンピューター使う方が楽だもん。
でも今のコンピューターは、電子基盤を交換することでしか、処理能力は上げられない。だからスマホも数年で買い替えなきゃ、最新ソフトに付いていけなくなる。
処理能力ってどういうことかって言うと、その基板上の半導体メモリや集積回路には、電気信号が流れる道筋があって、高機能なコンピューターには、この道筋がとても多いと考えれば解りやすい。でもその性能は半導体基板の設計次第だよね。
一方、人間の脳の情報処理能力って言うのも、コンピューターと同じように、情報を脳の微弱電流に乗せて送ってるんだけど、それはシナプスって言われる神経回路を通ってるんだって。そのシナプスが、効率的な道筋になっていれば、処理能力が高くて、その動作なんかが得意ってことになる。
つまり、将棋が強い人、料理がうまい人、地図を見るのが得意な人。皆それぞれに合ったシナプスが発達してるだけなんだよ。
情報をいかに正確に把握して、次の行動に伝えられるかってだけなんだ。それが早いか遅いかの違いが、得意か苦手かってことに現れてるだけなんだと思う。
じゃ、自分にはそのシナプスが無いから上手に出来ないのかって、残念に思うことはない。なぜなら、シナプスは自由に作ることが出来るんだから。
つまり、苦手な事でも、繰り返し練習すれば、脳がその情報伝達に必要なシナプスを、新たに成長させてくれるんだ。やがて近道して他の神経につながる。すると今まで出来なかったことが、急に出来るようになってしまう。
それを『慣れ』って呼んでるけど、本当は『進化』なんだと思う。
これはコンピューターには出来ない芸当だ。AIが学習して進化するって話はよくあるけど、情報を蓄積するうちに、必要な情報を読み出そうと、設計上元々あったのに使ってなかった回路を使うようになるだけで、勝手に電子回路が増殖していくわけじゃない。将来バイオコンピューターが開発されれば、話は別だけどね。
人間はコンピューターと違って、段々と優秀になっていくもんなんだな。
ところで、こんな訓練の話聞いたことあるでしょ・・・もしかしてやってる?
「ジャンケン、ほい。ジャンケン、ほい。ジャンケン、ほい。ジャンケン、ほい」
「すごい、右手と左手が別々に、ひとりジャンケンしてる」
「左手に勝つように右手を出すのよ。やってみて」
「ジャンケン、ほい。ジャンケ・・ン、ほい。ジャ・・・ンケン、ほ、難しい!」
「これは指と頭の体操よ」
こういうの上手い人いるよね。(これが出来たらどうなの?)って思うけど。
でも右手左手を別々に動かすくらいなら、普段から誰でもやってることだ。
左手で茶碗を持って、右手に箸で食べる。左手でタバコを吸いながら、右手でパチンコを打つ。こんなふうに普段やってることなら当たり前に出来るでしょ。もうシナプスが完成してるからだ。
ひとりジャンケンも練習繰り返せば、誰だって出来るようになるんだ。それなら、ギターでも練習してみようか。左手でコードを押さえ、右手で弦を弾く。もう難しいことじゃないでしょ。
もし冒頭の男が言うような秘訣があるとすれば、シナプスが成長するように、しっかりたんぱく質を摂取しながら、練習を繰り返せばいいだけ。簡単だと思わない?
このように、人間の脳は進化が可能だから、老化して機能が衰える前に、いっぱい鍛えておこう。
そうしないと、老人ホームで脳の老化防止に指の体操させられるよ。そんなとしても指を動かすシナプスしか守れないのが解かるでしょ。
健康な脳を維持したいなら、『何度繰り返してでもやりたい楽しみ』を、たくさん見付けるのが一番いいと思うよ。
つづく
作品名:シナプス(おしゃべりさんのひとり言 その78) 作家名:亨利(ヘンリー)