避暑地の恋
高校を卒業したら家業を手伝うことになっている。
友達は皆、大学や就職で都会に出て行ってしまう。
私だって都会に憧れてるから、精一杯の抵抗は試みた。
だけど、母の「そんなに困らせないでおくれ」の言葉と涙に負けた。
田舎の風習って大嫌い。
一人娘と長女は嫁に行くことを許されずに婿をとる。
バカじゃないの?ここだけ時間が止まってるの?
諦められるまでにどれだけ泣いたことか。
夏休みの間は特に忙しく、旅館の手伝いに明け暮れる毎日だ。
朝早くからの掃除、配膳、布団上げ、宴会の支度、風呂掃除と息をつく暇もない。
毎年この高原には、都内の大学のラグビー部員が合宿のためやって来る。
お客さんなのに一列に整列して「よろしくお願いしまーす!」だって。
高校野球か!
体育会系の人は挨拶がしっかりしていて、清々しい。
大学2年生のNさんに初めて話しかけられたのは夕食の配膳の時だ。
「あの、白樺ってどうしてこの辺にしかないの?」
地元の人には当たり前すぎて笑っちゃった。
「白樺って標高が1,000メートル以上ないと育たないからです」
「あ、そうなんだ。ありがとう。」
「練習頑張って下さいね。」
ぺこりとお辞儀してその場を離れた。
初めての会話はそれでお終い。
次の日からお互いに会釈を交わすようになり、私はしだいにNさんと仲良くなっていった。
練習が終わり入浴、食事、ミーティングが終わると人目を忍んでのデート。
デート?これデートなのかな?
今までしたことないからわからない。
星空の下、たわいもない話をするだけでも、私にとっては夢のような時間だ。
どんどんNさんに惹かれていくけれど、合宿が終わったら東京に帰ってしまう人。
言葉には出さないけれど、お互いに好意を持っているのはわかっていた。
手を繋ぐだけだけど、Nさんは恋と言う。
私は心のなかで「夏が行けば恋も終わる」と繰り返す。
合宿も終わり明日には帰ってしまうNさん。
楽しかった夜のデートも今日で終わり。
いつもは楽しく話しているのに今日は無口な二人。
重苦しい空気が二人を包む。
いつも心地よい高原を渡る風も、今日は木枯らしのように感じる。
ずっとNさんに聞きたかったことがある。
今日しか聞けない。
Nさんに聞こえないように大きく深呼吸。
勇気を振り絞って
「ねえ、わたしのこと・・・すき?」
だんだん声が小さくなり最後は聞こえなかったかも・・・。
Nさんがふいに私を強く抱きしめた。
生まれて初めて男の人に抱きしめられ、目眩がする。
Nさんは何も言わないけれど、気持ちはしっかり伝わって来た。
私の唇にNさんの唇が静かに重なったのはその後だった。
Nさんの太い腕がなかったら体の力が抜けて立っていられなかった。
「旅館の仕事を教わりたいから、土日は来るから」
その意味を理解した時、私は泣きながらNさんにしがみついていた。
満天の星空はにじんでしまって見えないよ。
(終り)
作品名:避暑地の恋 作家名:月音 光(つきねあきら)