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り狐:狐鬼番外編

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赤子



彼(か)は誰時(たれどき)
木深い森の草木に朝露が降りる、山内に少女は居た

秋口とはいえ朝晩の冷え込みが増す中、駆けて来たのか
息を弾ませる横顔、其の頬が仄かに熱を帯びる

手にした風呂敷包みを「社」の、片隅
切り株の上に丁寧に置く、襷掛け姿の少女は休む間も無く
日課である掃除に取り掛かる

野鳥達は未だ、夢の中なのか

ならば努めて静かにと
稍、普段よりも時間を費やしたが
軈て、し終えた少女が切り株の前へと屈み込む

冷えた手で風呂敷包みを解き、竹皮の包みを供える

「朝早くに御免なさい」

今日は若旦那が来る
愈愈、「都」に還る日が間近らしい

「社」内で寝返りを打つ金狐は、其の瞼を閉じたまま
格子戸越し、少女の言葉に耳を傾けている

案の定、願い事は無いのか

其れでも立ち去る気配も無い
沈黙が流れる様子に片目を薄(うす)ら開く

「彼(あ)の雪の日」

到頭、語り出す少女の声に金狐は再び瞼を閉じる

「私を見付けてくれた養父が話してくれました」

其の、伏せる睫毛が凛に震える

彼(あ)の、雪の日

深い静寂が
深い白雪が

人人の寄り添う、吐息を呑み込む

空の果て迄、色の無い世界では
地の果て迄、音の無い世界では長居は出来ない

自身の「全て」を奪われる前に妻の待つ、家路を急ぐ

「気の所為(せい)だ」と、歩き出すも
今度は明(あきら)かに聞き取れた

ああ、彼(あ)れは赤子の泣き声だ

白銀の空、落日を振り仰ぐ
養父の霞む目が森奥深く佇む、鳥居を捉える

「真逆(まさか)真逆(まさか)」

忘れ去られた「社」、赤子等
置き去りにされたら誰にも気付かれずに死んでしまう

剰(あまつさ)え此処数日の、雪

深雪に手間取る、焦燥する心とは裏腹
何故、赤子の声が聞こえたのだろう、と暢気に思う

常識的に考えれば赤子の声等、聞こえる筈は無い

其れでも雪を纏わす、鳥居を潜って「社」へと駆け寄る(心情的に)
そうして足を踏み入れた山内、埋もれる「其の身体」を発見した

残念だが、既に事切れているのは明白だ

他日、分かった

掘り起こす「其の身体」の主は此の村の女子(おなご)だった
羽織る綿入れ事、切り裂かれ開いた背中から噴き出したであろう
血潮は今やどす黒く着物を染め、其の顔は恐怖を張り付け凍っていた

其れは丸で「何か」から逃れる為
身を翻した瞬間、「何か」の一撃を食らったかの如く有様

其れは「獣」なのだろうか
其れは「獣」なのだろう、と人人は口にした

赤子は?
赤子は何処だ?

何時しか吹雪く、凍て付く冷気に
「社」の石階段を上り、縋る思いで格子戸に手を掛ける

厭に耳に付く
鈍く、軋む格子戸を開(ひら)いた其処には

「、私が居た」

其れは其れは安息に眠る私は泣いて等、いなかった

養父の聞いた彼(あ)の泣き声は一体、誰なのか
抑、養父の聞こえた彼(あ)の泣き声は、本当に聞こえたのか

思えば、病弱な妻に我が子を望む
手前勝手な欲心が聞かせた、泣き声だったのかも知れない

養母の跡を追う、死の床でさえ養父は思慮していたが
自分には如何でも良い事

御陰で養父(あなた)に会えた
御陰で養母に会えた

其れだけで充分

「充分」と、思うも
「充分」と、思わない自分が居る

唯、知りたい

「彼(あ)の襲われた女性は私の、」

物音すら消える、「社」の中
瞼を閉じたままの金狐が唇の端を吊り上げ、嗤う

そうじゃない
御前の知りたい事はそうじゃないだろう

聞こえる筈も無い、金狐の声が
其れでも胸に閊(つか)える少女の背中を押したのか

「彼(あ)の女性を襲ったのは本当に、」

人の口に戸は立てられぬ

養父の前
養母の前

自分の前でも口性無(くちさがな)く罵る、親戚連中は後を絶たない

「御前の母親は禄(ろく)でなしだ」と

行き摩りの男と行き摩りの行為をした結果、御前を設けた
彼(あ)の雪の日は好機だったのかも知れない

育てる気等
愛する気等、更更無いのは誰の目にも一目瞭然

其れは此の親戚連中も同じ事
少女の世話等、誰が好き好んでするものか

そして、其れは自分も同じ事
御前等の世話等、誰が好き好んで受けるものか

果たして口を噤む少女が漸く、「又、明日来ます」
告げるや否や矗(すっく)と立つ

仰ぎ見る「社」が心做しか、滲む

作品名:り狐:狐鬼番外編 作家名:七星瓢虫