り狐:狐鬼番外編
旅立ち
白白明けの空に未だ姿を残す、月白を眺めていた
夜の明ける迄
夜の更ける迄
空が望んでいようと
空が燻(くす)んでいようと
彼(あ)の、月が無くなる事は無い
「御世話になりました」
頭(こうべ)を垂れる、少女の稚(いとけな)い身体を抱き竦める
御内儀が白白しくも涙ぐむ
傍らで、清しい笑顔で楼主と挨拶を交わす
若旦那が「長居は無用」とばかりに差し出す手を借り、俥へと乗り込む
「らんちゃん、幸せになってね」
相も変わらず舌足らずの、甘声で
「別れの言葉」を掛ける女郎に少女が振り返り、頷く
其れを口火に、居並ぶ女郎達も「元気で」と各各
声にするが誰一人、身請けを受けた先が「幸せ」とは思っていない
其れでも自分達の代わりに
其の言葉を掛けた女郎には少なからず、感謝をしたい
突として姉女郎に肩を抱かれ
無邪気に喜ぶ女郎は若旦那と視線が合うと、上目遣いで微笑む
「ああ、幸せにするよ」
応える、若旦那が糸目で笑う
村の外れにある、襤褸「社」
何時建てたのか、何処の誰が立てたのか
村人の記憶に無い程、古寂れた「稲荷神社」
秋風渡る、芒が原を駆ける
俥に揺れる身体を若旦那の胸元に預ける、少女が話し出す
「一目」
「一目で良いんです」
「「社」が完成した頃、此処を訪れても良いですか?」
彼(あ)の日、泣き腫らした瞼に加え
御内儀の平手打ちに赤く、腫れた頬のまま座敷に戻るが
其の、痛痛しい姿を出迎えた若旦那は言葉も出ない
少なからず、罪の意識に苛まれたのだろう
故に、泣き崩れる少女に若旦那は約束した
「私が悪かった」
「私が本当に、悪かった」
「御前の、「社」を何とかしよう」
其れは、天使の微笑みなのか
其れは、悪魔の冷笑(せせらわら)いなのか
兎にも角にも、少女は若旦那の言葉を信じて
身請けを受け入れた
何処迄も
何処迄も続く、芒が原
少女の額に唇を寄せる、若旦那が私語(ささや)く
「「都」では苦労等、させない」
嘘では無い
喩え、飽きたとて手放す気は無い
「花」を手折れば
何れ程、手を尽くそうとも枯れるのは百も承知
其れは「花」の中の、「華」とて例外では無い
自身の言葉に微かに頭を振る、少女が
「御願いです」
と、懇願するのも御構い無く、俥夫を急かす
何処迄も続く、芒が原
何処迄も続く、苛苛しい芒が原
一向に変わり映えしない景色に若旦那は何故か、不安になる
途端、小道の石に躓いたのか
俥が跳ねる様に揺れた瞬間、少女の膝に置いた巾着が滑り落ちた
振り返る、小道脇に転がっていく
気が付いた若旦那が俥を止めるや否や
拾いに向かう俥夫を少女が、やんわりと断る
「彼(あ)れは」
「彼(あ)れは若旦那から頂いた「モノ」」
「自分で取りに行きます」
若旦那の返事を待たず、俥夫の手を借りて
蹴込みに足を掛けると、一直線に巾着へと駆け寄った
何でも良い
若旦那の機嫌を取らなければ、自分の要求は通らない
其れでも通らないかも知れない
釣った魚に、「餌」を与えても
若旦那の気に入る、「餌」しか与えられないのかも知れない
其れでも「社」が元通りになるのなら、何でも良い
抱え上げる
巾着の泥を払いながら、芒が原を遠望する
何処迄も芒が畝(うね)る
何処迄も芒が穂先を垂れて、畝(うね)る
然うして、目の前に現れる
彼(あ)れは何
彼(あ)れは何だ
彼(あ)れは
一歩、足を出す
少女の前屈む肩を迎えに来た、若旦那の手が掴み止めた