師匠と卵 ―「卵、四国へ、お遍路へ」の巻②―
5月16日、6時、スクモ着。四国上陸を果たす。
一歩四国へ足を踏み入れたからには、真面目に歩かなければならない。自動車に乗る時も、真面目に乗らなければならない。なんたって、格好はフーテンでも、心はお遍路なのだ。
6時半、歩き始める。 のであるが、進まない。
荷物は遠慮なく、どんどん肩に食い込んでくる。
おまけに右に左に引っ張り回されるようで、歩きにくいことこの上ない。それに加えて、早くもマメの大群、来襲!
(負けてたまるか!
頑張るぞ!
泣いてすがるマンマル・タマゴッコを振り捨てて、親も兄弟も、友達までも捨ててきたんだ。
ここでへばってなるものか!)
しかし足の主人はどう思う卵ではないらしい。全然、全く、聞く気配さえ見せない。15分歩くと、休憩。15分歩いては、休憩。とにかく15分より歩けないのであった。
(なんで、こんなに根性無いのかなぁ、なんて体力ないんだろう。)
嘆いてみるがどうすることもできずに、ただヨタヨタとふらふらと、歩き続けたのであった。
それでも、見かねた軽トラックのおじさんに拾われて、一本松ズイドウから連乗寺トンネルの手前まで運んでもらい(お接待)、ようやくのことで41番カンジザイ寺へ辿り着いたのだった。
「この荷物、軍隊の荷物より重いな。
軽く30キロはあるぞ!」
お参りを済ませ休憩していた卵のそばに寄ってきたおじさんは、卵の大きな荷物がエラく気になったのか、その荷物を持とうとして驚いてそういった。
地面に置くと背負えないその荷物は、実は軍隊の荷物より重たかった、という衝撃の事実を、卵はおじさんから知らされたのであった。
因みに、その荷物の内訳はというと、
◎本・地図
雑草の詩(自作の本)・四国地図・そのコピー・日程表のコピー・四国88ヶ所詳細地図帳・道路地図帳・YH(ユースホステル)ガイドブック・真心の集いリスト(本の押し売り被害者名簿)・時刻表
◎筆記用具・証明書
筆記用具・免許証・YH身分証・ノート・手帳・はがき切手
◎食事用品
コッヘル(ヤカン入り)・スプーン・フォーク・缶切り・ナイフ・シェラカップ・マグカップ・ガスストーブ・ガス2本・お茶
◎衣料品
カットバン・正露丸・歯磨き粉・歯ブラシ・石鹸・サラシ・消毒液・胃腸薬・サポーター・ごとう散・歯痛止め・防水スプレー・つまようじ・ロープ二本・洗濯粉
◎衣服
パンツ4枚・Tシャツ4枚・シャツ2枚・換えズボン(ジャージ)1枚・ジャンバー1枚・靴下4足・タオル4枚・バスタオル1枚・スリッパ・アノラック上下・髪を結ぶゴム
◎携帯品
テント・シュラフ・背負子・リュック・水筒(水入れ)・水筒(ウイスキー入れ)・カメラ・カセットテープ・ライター・マッチ(ビニール袋で包んだモノ)・ハーモニカ・腕時計・財布・小銭入れ・ウェストバッグ・郵便局のカード・カンテラ
以上、これは決して南極探検用ではない。あくまでも四国遍路用なのである。背負っている荷物なのである。
カンジザイ寺で、母親の作ってくれたお弁当の残りを平らげた卵は、午後一時、出発した。
足と肩はもう完全にパニックで、やっとの思いで10キロほど歩き、午後5時にミショー町の外れまで辿り着いたのだった。
海から垂直に立っているような岩肌の中ほどを、国道はクネクネと曲がって続いている。海面から50メートルはあるだろうか?
海へ突き出したカーブのその先に、ちょっとした空き地があったので、卵は今夜のねぐらをそこに決めたのだった。
1軒だけあったドライブインで夕飯用に白ご飯を分けてもらい、インスタントラーメンをすすって、その夜の夕食は終わった。
そして崖の上にテントを張り終えると、ガスコンロでお湯を沸かしてお湯割りの焼酎を作り、焼酎を手にして決めのポーズを作ってから、海を眺めながら煙草に火を点けたのだった。
海へと堕ちていく夕日はロマンチックで、あたりの風景を黄金色に変えていく。
誰もいないプライベート絶壁に陣取って、今日一日の疲れもすべて忘れて、卵はただうっとりと夕焼け色の風景を眺めていた。
頭の中を、映画『ジ・アウト・サイダー』のスティーヴィーワンダーの曲『ステイゴールド』が流れて行く。
「いいなぁ〜、こんな景色を見るために、俺は四国へ来たんだ。」
そう呟きながら焼酎をススっていたが、海へ沈む夕焼けはアッという間に辺りを真っ暗に、正真正銘の暗闇にした。
人家もない、街灯の無い、車もあまり通らない、後はもう寝るしかない、のだった。
ワンワン!ワンワン!
ワン!ワワン!
ワワワワ、ワンワン、ワン、ワワン?
夜空を切り裂く猛獣の雄叫び!
「犬だ!」卵は飛び上がった。どうやら犬がテントの周りを走り回っているようである。
卵は真っ青になった。彼は犬が大嫌いなのだ。嫌いというよりも、怖くて仕方なかったのである。子犬も怖くて触れない。それなのにワンワン吠えている表の犬は、もっと大きそうである。
そばにあった金剛杖を握りしめた卵は、テントの入り口から外の様子をこわごわ覗いた。ライトで照らすと、そんなに大きくはなかったが、やっぱり犬であることには変わりない。
「シッ、シッ!あっちへ行け!」どうもあっちへ行ってくれる気はないようだ。
ワンワン、ワンワン、犬は吠え続け、盛んにテントへの攻撃を仕掛けようとする。
近寄っては離れ、離れては近寄る犬目がけて、恐れ多くも御大師様代わりの金剛杖を振り回しながら、卵は必死で応戦する。しかしてんから出ることができない分、この戦いは犬の方が圧倒的に有利だった。
ワォ〜ン、ワォ〜ン!
そうこうする内に、今度は別のイヌの遠吠えまでがそれに加わった。狼ではないかしら?、とその恐怖までが卵に襲いかかってきたのである。
テントの周りを駆け回っていた犬が、遊び飽きてどこかへ行ってしまってからも、しばらく卵は眠ることができなかった。
言うまでもなく卵の野宿体験は、この夜が最初で最後、となったのは言うまでもない。
―つづくー
作品名:師匠と卵 ―「卵、四国へ、お遍路へ」の巻②― 作家名:こあみ