半睡半醒の微睡
1.コップとくすりと、三時過ぎ
眠れない。眠れない。眠れない。
じりじりしながら打つ寝返りは、ちっともたかぶる気分を沈めてくれやしない。視界と体勢だけは新鮮になるものの、いざまぶたを閉じれば、飽きるほど見慣れたあの闇が、したり顔で視界を覆い尽くすだけ。いらいらが募る。布団の中から手を伸ばし、小卓があるはずの空間を強めにひっぱたく。ぱっとオレンジ色の光がともり、それとともに四つの数字が一瞬だけ現れて消えていく。
時刻は三時過ぎ……。けど、それが午前なのか午後なのかは分からない。
もうどれくらい、眠っていないだろう。混濁しきってふわふわする意識の中で、どうにか記憶を呼び起こそうとするけれど、記憶がもうあやふやでよく分からない。
決して忙しいわけじゃない。心配事があるわけでもない。でも、睡魔はたやすくこの場には舞い降りてくれない。
眠りたい。睡眠を取りたい。ゆっくり休みたい。切なる思いを胸に抱え、ただただ布団に包まれてそこに存在しているだけ。そんな拷問のような時間を生かされている。
これじゃ、どうしようもない。この悪循環をなんとかして断ち切らなければ。そう思いながら、だるい体を起こし、スマホを当てどなくタップする。いろいろと見ていくうちに、あるものがスマホの画面に表示され、僕の目に飛び込んでくる。
睡眠薬━━服用することで睡眠時の緊張や不安を取り除き、寝付きをよくするなどといった作用のある薬。そんな薬が入った薬びんが画面に所狭しと並んでいる。眠りにつけないことに絶望しきっていた僕には、そこに格納されている白い錠剤たちが、はるか天上から降りてきたくもの糸のように輝かしく映っていた。
それから数日がたち、注文がようやく届く。その間も、眠りには付けない。郵便受けに乱雑に放り込まれたくだらない広告やチラシなどをかき分け、ようやく届いた小包を取り出し、覚束ない手でようやく封を切る。
その中には、先日スマホで見たような、白い錠剤がびっしりと詰まった円筒型の薬びんが入っていた。これさえあれば休息を得られるという安どの中、添付された説明書も開かずにふたを開け、びんを斜めに傾けて、ぎっしり詰め込まれたその白い錠剤を5錠ほど手のひらに取り出す。丸っこくてつるつるのそれには、よく分からないアルファベットと数字が印字されていた。僕は5錠全てを口中に含み、くんできたコップの水で喉の奥へと無理やり流し込んだ。
布団わきの小卓に、まだいくらか水の入ったコップとくすりのびんを置き、倒れるように布団に入り込む。その小卓に置かれていたデジタル時計は、そのときも三時過ぎを示していた。
…………。
意識を取り戻し、重たい頭とまぶたを持ち上げる。闇の中で時計をたたくと、時刻はまたも三時過ぎを示している。眠れていないのか、それとも12の倍数時間分、眠りに就いていたのか……。どちらにしろ、疲れは全然取れていない。暗闇の中、手探りでびんから錠剤を適当な数、取り出し、コップの水で流し込んで、再び倒れるように布団をかぶる。
…………。
……再び目が覚める。もうろうとした意識の中、時計をたたくとやはり三時過ぎを示している。眠れているのか、眠れていないのか、それすらも分からない。なんにもしたくないし、なんにも考えたくない。ぼんやりとした意識だけが研ぎ澄まされていく。ふと思い出し、時計の光を利用して薬びんに目をやると、錠剤の量はびんからあふれそうなほど増えていた。
(……? くすり、飲み忘れてた?)
目の前で起きている状況を理解できず、薬を飲み直してすぐさま布団をかぶってまぶたを閉じる。
…………。
覚醒。時間は三時過ぎ。薬びんの中は空。飲んでいるならいいやと再び床につく。
…………。
目が覚める。時間は三時過ぎ。錠剤はびんの八割ほど。いくつかを飲んで再び横に。
…………。
気が付く。時間は三時過ぎ。錠剤は残り三錠。全てを飲んで再び気を失う。
…………。
起き上がる気力は既にない。寝返りすらもおっくうで、時間間隔は既にない。ただ、そこにいるだけ。たまに見る視界は、三時過ぎを示す時計と、テーブルの上に置かれた睡眠薬のびん、それだけ。
…………。
意識が戻る度に、まばたきをする度に、びんの中の錠剤は0からびん満杯まで、さまざまな量に変化する。どの量が真実なのか、どの量が夢なのか、判別のしようがないまま、再びまぶたは閉じられる。
…………。
時間は常に、三時過ぎ。びんの中……。くすりは……。コップの水……。
…………。
まぶたを開いているのか、閉じているのか。
起きているのか、眠っているのか。
…………。
意識があるのか、ないのか。
どれだけの錠剤を、飲み下したのか。
…………。
それとも、全く飲んでいないのか。
今が本当に、三時過ぎなのか。
…………。
これは、現実なのか。
…………。
くだらない、虚構なのか。
それすらも。
…………。
いや、何もかも分からない。
きっと、このまま、何もかも、曖昧なまま。
生と、死の、境界線を、も、乗りこえて、しまう、の、だろう……。
…………。