師匠と卵 ―「卵、海を渡る」の巻―
12月のある晴れた日曜日、ヒラリン(卵の悪仲間であり被害者)と卵は、砂浜の上で腰に手を当て仁王立ちになり、目の前にそびえるサクラジマを睨んでおりました。
今日は雲1つない絶好のカヌー日和、2人はサクラジマまでの4キロの航海を前に、精神を集中していたのでありました。
「フーンム、よっしゃー!」
卵は拳に力を込めそうつぶやくと、「さあ行くか!」と、ヒラリンに向かって叫んだのでした。
二人は砂浜の上を踏みしめながら波打ちへと進んでいき、「白い貴婦人」と名付けられた卵の船、「赤いタンポン」と卵が勝手に名付けたヒラリンの船、それぞれに乗り込んだのでした。
「ウヒャー、冷テェー!」12月の海水は、12月ですから8月よりずっと冷たくて、「途中でひっくり返ったらどうしようか?」等と普通は考えるのですが、この若葉くん??2人組は何も考えず、サクラジマへ向け漕ぎだしたのです。
青い空、青い海、風も波さえも立たないベタ凪の海の上を、二人は気持ち良さげに漕ぎ続けました。
「気持ちいいなー」
「最高やなぁー」
二人は口々に、何度もそう言いました。そして30分余の航海で、無事対岸のサクラジマに着いたのでした。
その頃は、まだシーカヤックなどというものは珍しく、サクラジマでは大勢の見物の人に囲まれ、るはずもなく、一時間ほどの休憩を済ませた二人は、対岸のイソ海水浴場に向けて再び漕ぎ出しました。
「アチャー!」
「ウチャー!」
「ハチャー!」
「ワチャー!」
行きは極楽、帰りは地獄、なんと船を出した途端に、突然、海が荒れ始めたのです。
「ウワァ、ウワェ、ウオッー!」
「ウヒャ、ウヒョ、ウフェー!」
二人は恐怖の三段活用を駆使しながらも、必死で漕ぎ続けたのでした。
あんなにベタ凪だった海面には一斉に白波が立ち、対岸に定めた目標物に向かっていてもすぐさま横を向いてしまいます。
横波を受けると大変なので(そのくらいの知識しかない)、右にパコーン、左にパコーンと舳先を持っていかれても、前に後に面白いように波に弄ばれても、必死でパドルを漕ぎ続けた卵とヒラリンでした。
行きは極楽、帰りは地獄。行きは30分、帰りは2時間。2時間の格闘の末、ようやくイソ海水浴場にたどりついた二人だったのです。
二人はぐったりと砂浜に座り込んだまま、しばらく声も出ませんでした。
「フーム。
今日は楽しい一日であった。」
夕食を済ませた卵は、缶ビールを1口飲んで静かにそう呟いた。
「よし、次は四国や、お遍路さんや。
カヌーで、四国へ渡ろっ、と。」
すでに今日の大自然の驚異を、すっかり忘れてしまっている卵だったのです
―つづくー
作品名:師匠と卵 ―「卵、海を渡る」の巻― 作家名:こあみ