師匠と卵 ―「もってのほか」 の巻―
あまり遠くない昔、あるお寺に立派な和尚様が住んでおりました。そしてその和尚様には、ちょっと出来の良くない、弟子の卵がありました。また、卵には妻があり、その名をコケッ子と言いました。
和尚様と出会う前、卵はあるカゴシマという田舎に住んでおりました。
とても借金の好きな男と見えて、たくさんの借金を抱えていましたが、和尚様の近くで暮らすようになり、またコケッ子の力もあって、何とかその借金は減っていったのであります。
そしてまだまだたくさんの人に迷惑を掛けてはおりましたが、少しだけ落ち着いてきたところで、また例の病気が出たのでした。
四国遍路で出会った卵とコケッ子にとって、弘法大師様は特別の存在であり、 二人して良く東寺やら高野山やらにお参りをしておりました。
ある日のことです、 キョウトから車を借りて真夜中の高野山へお参りをした卵は、その雰囲気が大層気に入ってしまいました。そして帰ってから、ずっーとあることを考えていたのです。
「ねえ、車を買おうか?
もうだいぶも借金もなくなったし、今なら毎月少しのお金で買うことができるんだよ。
少しだったら残っている借金にも、そんなに影響はないからさ。
車さえあれば、 毎月高野山にだって行けるし、 自分の車の方が気を使わなくて済むだろう。
それに今まで、親のものでお金をもらわずに働いたり、親の借金も払ってきたんだから、車ぐらい買ったってバチは当たらないだろう?」
「そうね。和尚様に聞いてみたら。
いいって言われたら買ってもいいんじゃない。」コケッ子はそう答えました。
翌日、 卵は和尚様に八卦(占い)で占ってもらうよう頼みに行きました。
それから数日が過ぎました。
和尚様に用事のあった卵は、電話をかけました。そして次いでに、車のことを尋ねてみたのでした。
「和尚様、先日の車を買う件ですが、どうだったでしょうか?」と、卵は恐る恐る和尚様に尋ねました。
「あっ、あれね。ダメですな。
もってのほか、っていう卦でしたなあ 。」
「えっ、もってのほかですか・・・・」
和尚様の答えに、体の中の空気が、少し抜けてしまった卵でした。
「何て言われたの?」とコケッ子は尋ねました。
「もってのほかだって。」
「もってのほか、っておっしゃったの、ハハハハ。」 ケラケラ笑うコケッ子を、卵は恨めしそうに
にらみつけました。
「でも、車は一生買えないのかなぁ?」
「また聞いてみたらいいじゃない。」コケッ子はそう言って、また笑ったのでした
「僕には、車を買う徳も残っていないのかなあ~」 夜空を見上げて、寂しくため息をついた卵でありました。
それからまた数日が過ぎました。
和尚様の元を訪ねた卵は、再び和尚様に尋ねました。
「和尚様、車はもう一生買えないのでしょうか?」
「そんなことはないですよ。
今は時期が悪い、っていうことじゃないですか。」
「でも、もってのほかって言われましたし、」
「ああ、あれは私が勝手に言ったんですよ。」
チャンチャン!
―終わりー
作品名:師匠と卵 ―「もってのほか」 の巻― 作家名:こあみ