師匠と卵 ー「怒りのコケッ子」の巻ー
あまり遠くないむかし、あるお寺に立派な和尚様が住んでおりました。そしてその和尚様には、ちょっと出来の良くない弟子の卵がありました。また、卵には妻があり、その名をコケッ子と言いました。
ある日のことです。食事の後片付けをしていたコケッ子は、突然卵に向かって言いました。
コケッ子:私、この次の本には絶対に書かないからね。
お茶をススっていた卵は、何のことだか分からずにポカンとしています。
コケッ子:だって、私だけが馬鹿みたいじゃない。
みんな高尚なテーマで、真面目に書いているのに、私だけが人から笑われるようなことを書かされて。
もう私、恥ずかしいから絶対に書かないからね。
卵 :そんな事はないよ。結構面白かったじゃないか。みんな、喜んでくれると思うよ。
コケッ子:いや。なんて言われても絶対に嫌!
実はこの夫婦、2人で本を作ったところでして、第一回目の本にコケッ子は旅行記を書いていたのでした。
卵 :そんなこと言わないで、次も書いてよ。
ちゃんと取材旅行にも連れて行くからさ。
コケッ子:どうせまたろくでもない旅行でしょう。もう嫌よ。
夜中に歩かされたり、ずっと電車に乗せられたり。
あなたと旅行すると、いつも大変な目に会うんだから。
卵 :それが目的なんだし。
コケッ子:えっ、今なんて言ったの?
卵 :いや、何でもないよ。
とにかく頼むよ、書いてくれよ。
コケッ子:いや!絶対にいや!
コケッ子の怒りが静まるのを待つしかないな、そう思った卵でした。
1週間後。
コケッ子:私ね、今度は絶対に、みんなに話をしないわ。
卵 :エッ?
仕事から帰ってくるなり、そう言ったコケッ子の言葉に、卵はまた何が何だか分からずにポカンとしていました。
コケッ子:仕事場のみんなに、前の旅行の話をしてたでしょう。
だから、みんなあんまり笑ってくれないのよね。
だって、もう内容を知ってるでしょう。
卵 :?(無言)
コケッ子:今度は前に話をしないで、本を読んでから感想を聞くことにするわ。
だって、そうじゃないとつまらないものね。
卵 :(しめた。こいつ、また書く気になってる。)
1人ほくそ笑んだ卵でした。
ー終わりー
作品名:師匠と卵 ー「怒りのコケッ子」の巻ー 作家名:こあみ