オススメ!
彼は、よく言えば自分があった。しかし、悪く言えばひどく頑迷固陋であって、これまで自己流にこだわっては失敗に次ぐ失敗。仕事も趣味も人間関係もまるで続かず、すっかり打ちのめされていた。
という彼だったが、転機は不意にやってきた。「仕事 オススメ」で検索してから辛うじて就いた仕事が、どうも続いたのである。彼はこれに味を占め、今度は「趣味 オススメ」と検索して趣味を始めると、何とこれもまた続いた。
* * *
一年も経つと、彼の表情ははるかに明るく変わっていた。その頃には、オススメの出会い系アプリで知り合ったひとりの女性と、オススメの話題を駆使してやりとりを重ね、ついに現実に会う約束を取り付けるところまで来ていた。
オススメのファッションを身にまとい、オススメの待ち合わせ場所におもむく。そしてやってきた彼女を見て、彼は微笑んだ。そして彼女も彼を見て、うれしそうな表情を返した。
デートコースも、もちろんオススメのそれである。調べておいたオススメのスポットに行く。調べておいたオススメのレストランに行く。
さすがは、どこもかしこもオススメである。自己流の試行錯誤なんて、全く必要が無かった。何もかもが順調だった。
あまつさえ、訪れた先のひとつでは、人助けをするという得点までできてしまった。迷子の幼児を連れて歩きながら、何だかこの三人で家族連れみたいだ、などという気持ちまで味わって、幸せな感覚に満たされた。本当に、オススメさまさまだった。
……そういう時間が流れ、たちまちに午後 6 時。
楽しかったデートも、そろそろ終わりが近い。
彼女も、同じ気持ちで過ごしてくれたようだ。彼女の顔を見ながらそう思っていると、彼女は不意に言った。
「私、朝までずっと一緒にいたいな」
「えっ!?」
彼が驚くと、彼女は恥ずかしそうに続けた。
「……だめ? 私たち、初めて会った気もしないから……」
ふたりは、その日初めて会ったばかりだった。しかし、だいぶ以前から話し込んでおり、心の結び付きは既に長くて、既に深いように思われていた。だからと言って、彼がその日のデートプランを夜遅くまで設定することなど無かったのだが、彼女のほうから要望が出てしまったのだ。
計画に無かった急展開に、彼は緊張した。が、もう彼は昔の彼ではなかった。彼には、強い味方がついているのだ。
……と思いきや、彼は焦らざるを得なかった。彼のその味方、彼のスマートフォンが、ポケットにもバッグにも無いのである。
「ちょっとごめん」
そう言って彼は車まで走ったが、やはり彼の味方は見つからない。
「……まさか、あの時か」
彼は思い当たって、悔しがった。彼女とベンチに座っていた時、急に子どもの泣き声が上がった。そこから注意力を奪われて、そのままベンチにスマートフォンを置き忘れたのだ。
いいカッコしようとしたばっかりに、「この三人で家族連れ」などと浮かれていたばっかりに……オススメに無かったことをしたのを後悔したが、もはや後の祭り。
彼は席に戻ると、しょんぼりと彼女に言った。
「大変なことになったよ」
そして、ことの経緯を語った。
「それは心配ね……スマートフォンって、悪用されかねないものね」
彼女も不安がると、彼は言った。
「いや、そこはとりあえず大丈夫なんだよ。僕は設定をがっちりやってあるから、よっぽどのことさえ無ければそこはね」
彼は自分のスマートフォンに、その道のプロフェッショナルオススメのセキュリティ設定を実施していた。オススメどおりにしていて、本当によかった。彼は改めて、オススメに従ったことに感謝した。
と、彼女の顔に明るさが戻ってきた。
「そうなの? じゃあ、今日はこのままで大丈夫なのかな」
……しかし、彼は首を横に振った。
「今日は帰ろう」
彼女を下ろし、彼はひとり車を走らせていた。
「くそっ……くそっくそっ、くそおっ!」
車中で、彼は深くため息をついた。
「オススメの体位さえ判れば……」
(了)