じゃがいも
カルテには、次の患者の情報が映っている。
現在 11 歳の少女。初めて診察を受けたのは 5 年前。素直な頑張り屋で、ピアノの練習に熱心に取り組んでいてその技量は非凡なものだったが、しかし繊細なところ、気づきすぎるところがあり、コンクールになると――観客が大勢いると――緊張のあまりに、どうしてもミスを起こしてしまう。それも何度も。そういう中で試行錯誤した末にとうとう親御さんが連れて受診に来たのであり、その後医師は催眠療法によって解決したというのが経緯だった。「観客はじゃがいもである」というありきたりなあれだったが、医師の技量と少女の素直さのおかげで魔法のように効いたのだ。
そして今回も、母親に伴われて少女はやってきた。うろ覚えのかつての姿より、もちろん成長したようだ。ただ、カルテに記された「素直な頑張り屋」「繊細」のような性格は、今も変わっていないように見える。そして今回も、ピアノのコンクールの時に緊張して演奏をこなせないという。
「もう、みんながじゃがいもに見えなくなったのかな?」
医師が尋ねると、少女は首を横に振った。
「それは、見えます」
「じゃあどうしたの?」
医師が尋ねると、少女は今度は恥ずかしそうな顔になって、母親のほうを見た。
医師も母親の顔を見ると、母親が代弁した。
「はい……どうも、かっこいいじゃがいもがあるのが気になるらしいんです」
(了)