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ドールメイカー 外伝

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Lucia de labradorite




 急速に発展し、いまだ広がり続けるマシンドールの街、新市街。その街の十字路の中心で、帽子を被った金髪の男は、不意に聞こえてきた名前に足を止めた。

 新市街に新しく建ったビル、特徴的な虹色の輝きを有する壁面にぽっかりと空いた半円の空間に、大きなマシンドールが座っている。その人型のマシンドールは、様々な情報を一方的に話し続けている。
 「レディオドール」という、近年開発されたばかりのHC(オルテンシア・カンパニー)製のドールだ。特殊な心核を用いている為、高額になってしまうので一般にはまだ普及していないが、金持ち以外にも店の客引き用に個人的に購入している者も居るらしい。確か、レディオドールの心核となっている鉱石の「親」に触れて話すと、親石から削って作られたレディオドールの心核「子」に伝わって言葉を伝えることが出来る……そんな原理だったはずだ。

『……ルチル・ラドライト氏が灰色のドールマスターの名を継がれたという事で――』

 ルチル・ラドライト……。それは今の彼の心の総てを占める名だった。
 灰色のドールマスターであった師が亡くなってから数週間、新聞やレディオドールは弟子のルチルが新たな灰色のドールマスターになったと報じていた。兄弟子であるクオが跡継ぎではないのだから、彼以外に灰色を名乗れるものは居ないだろう。

 華やかなビル群から離れ、薄暗い路地へと入る。無気力な四肢は思うように動かず、散乱するガラクタに足を取られそうになる。新市街とはいえ、少し裏の方へ入るとこの有様だ。
 新しいものは付いてこれないものは切り捨てる。だが、クオはそれが悪い事だとは思わない。自分が切り捨てる側に回ればいいのだから。

「……捨てられたのは俺の方、か」

 積み上げられた木箱に腰を下ろすと、何かが光るのが見えた。
 ドールの心核、ラブラドライトの光。薄紫色の長い髪のファンシードールが、壁に寄りかかるように眠っていた。汚れて尚繊細な美しさを放つ姿に、思わず女性ドールへ手を伸ばし頬に触れた。長い睫毛がゆっくりと持ち上がり、髪と同じ色の硝子の瞳が現れる。

「お前も、捨てられたのか」
「……覚えていません」

 ファンシードールには珍しい、感情の薄い平坦な声だ……ルチル・ラドライトのような。
 追いやったはずの姿を思い浮かべてしまう。
 恋でもしているかのようだ。嫌になる。いっそ、とことん向かい合ってやろうか。今のドール界に革命を起こし、嫌でもあいつの耳に入るくらい俺の名前を轟かせる。そして、あの冷めきった瞳を世界一のドールマスター、クオ・ゴールドで埋めてやろう。余所見なんて出来ない位に。

「お前、俺に付いてこい」

 先程までの倦怠感はどこへやら、身体が軽くなったようだった。汚い地面に座り込んで動かない女性ドールに気まぐれで声を掛けてやると、彼女はこちらを向いて頷いた。

「はい。マスター」

 本当の主人が誰かも忘れてしまったらしい。とんだポンコツを拾ってしまった。

「クオだ。クオ・ゴールド」
「はい、マスター」

 以前なら苛立っていただろうが、今のクオは何故だか晴れやかな気分だった。道が無いなら作ればいい。古臭い流行り歌みたいな言葉が浮かんでくる。一人だったら鼻歌でも歌っていたかもしれない。
 歪んだ笑みを浮かべ、心底楽しそうに、クオはドールに向かって手を差し伸べた。

「ルチア」
「……?」
「お前の名前だよ、ルチア。
 ドールにも願いは必要だ。そうだろう? お前の願いはなんだ?」

 自然と、そんな言葉が口をついて出た。ドールの救世主、そういうのも良いかもしれない。それぐらい大それた事でもやってやらないと、あの男はこちらなど見向きもしないだろう。

「私、私は……ルチアではありません」
「ああ、それでいい。俺が勝手にそう呼ぶだけだ」

 ルチアは白磁のような腕を伸ばし、クオの手を取って言った。

「はじめまして。マスター」
 



 ――ラブラドライトのルチア  おわり


作品名:ドールメイカー 外伝 作家名:竜胆うゆ