ばかぷー(おしゃべりさんのひとり言 その67)
ばかぷー
昔、外国に技術指導によく行っていました。
機械工学を学んだ専門家じゃないけど、外国語が得意だったので、そんな出張に同行しているうちに、技術が身に付いて、一人でも現地サービスエンジニアのトレーニングをしに行く機会が増えたんだ。
対象の国は世界中にあって、欧米は人気で行きたがる人が多いから、ベテランの先輩が担当していて、英語と中国語が解る僕は、言葉で乗り切れる部分が大きかったので、問題の多い現場に派遣されることが常だった。
当時の僕は、『キツイところ担当』と呼ばれていた。
でも、中国や韓国、シンガポールで指導する相手は、みんな年下。
こっちは気を使うことなんか何もないし、みんな「先生」とか「マスター」って呼んでくれる。
教育されたことを熱心にノートに取っているし、中には日本語でメモしている人もいる。
初めの頃は作業手順を教えるだけでいいと思ってたけど、トレーニング期間が終わって帰国して、その後の調子を確認してみると、ミスのオンパレードみたい。
(変だな、ちゃんと出来るようになったはずだ)と思うけど、暫くするとまたトレーニング依頼が来る。
それで再教育に行くと、ちゃんと内容は覚えていて、教えたとおりに出来るんだ。
じゃ、何で僕がいないと失敗するんだ?
それを観察してみると、作業後にまったく再確認をしていない。所謂ダブルチェックってやつを。
Aさんがした作業を、Bさんが再確認して完了するのは当たり前のこと。
しかも、彼らは作業した内容を記録したりもしない。
それじゃ、問題が発覚した場合に、自分たちはどう作業してたのか、何がまずかったのかの検証が出来ないよ。
ちゃんとデータのバックアップは取っておかないと。
これは日本の仕事じゃ当たり前の手順なんだけど、外国人は結構、やったらやりっぱなしってことが多いようだ。
どうやら新しいことはこぞってやりたがって、ノートにいっぱいメモするけど、一度やったことには興味が無くなって、放置する傾向が強いようだ。
だから作業内容の確認用に『最終チェックリスト』を作って配布するようにした。
内容は英語で書いたんだけど、その説明も当然英語でする。それを現場リーダーが英語を話せない作業者に、その国の言語で落とし込むってわけ。
でもそのリーダーにも悩みがあって、「そんな最終確認は面倒だから、やらない人がいるかもしれない」と言った。
それを聞いて思わず、「馬鹿! 大事なことだから必ずやる様にしろ」と言ってしまったんだ。
この時、“馬鹿”だけ日本語で言っちゃってて、僕はなんてこと口走ったんだって、その後少し気になってた。
念のため作業終了時には、装置の設定が正しく出来ているかの証拠として、システムのログをデータコピーして保管しておくように命じた。
でもその日から急にみんなが口々に「馬鹿!」と言うようになってしまった。
先輩が後輩にそう言っているのを聞いて、僕が変な日本語を話してるのを聞いて、真似てしまったのかって後悔した。
これは良くない傾向だし、見て見ぬふりはできない。
「馬鹿って言葉は良くない。もっと優しくしてください」
こんなニュアンスの英語で指導した。
「では、バカプーならいいですか?」
と相手が言った。“優しく”の意味が違うけど、その言葉が面白かったので、僕はもういいかと思ってしまった。
するとその後は、やたら「バカプー」「バカプー」と言っている。
現地の言葉の合間にそのワードが出てくるので、初めは僕もピクピク反応してたけど、喧嘩になる様な雰囲気じゃないから、そのうちもういいかと・・・。
ある時、作業者の一人が片言の日本語で質問してきたので、それに答えてやっていると、ノートにメモを取り出した。
見れば、所どころ日本語でメモってる。
(あれ? ばかぷーって?)
そのノートにも『ばかぷー』って書かれてる。
よく読むと、『System ばかぷー』って書いてある。
(??? システムばかぷー? ??? システム・バックアップ?)
そうか! この前言ったセリフ・・・
「馬鹿! 大事なことだから必ずやる様にしろ」→「バックアップ、大事なことだから必ずやる様にしろ」
どうやら僕の英語の発音が、『バカプー』に聞こえていたらしい。
つづく
作品名:ばかぷー(おしゃべりさんのひとり言 その67) 作家名:亨利(ヘンリー)