Evasion 2巻 和洋折衷『妖』幻想譚
9話『物語の始まり』
薄茶色の髪が、ハサミでザクザクと豪快に切られている。
足元にパサリ、パサリと髪束が落ちてゆく。
リルは両手で鏡を抱え、青い顔でその作業を見守っていた。
ぐるりと髪を切り終わって、クザンがフーッと息を吐きながら、手の甲で汗を拭うような仕草を見せる。
「これでどうだ!」
泣きそうな顔をしていたリルが、ついにじわりと目に涙を溜める。
「せ……、せっかく今まで……一生懸命、伸ばしてたのに……」
どんよりと落ち込む息子の背を叩いて、クザンが明るく励ました。
「まーまー。髪なんて、ほっときゃいくらでもまた伸びるって」
それから、リルの髪でリルの耳を覆ってみたクザンが、一筋、汗を浮かべる。
「あー……。けど、思ったより……透けるなぁ」
早まった。と、その顔には書かれている。
「お前、髪の色、結構薄いんだなー……」
そんな父の顔を見て、リルが顔を引き攣らせる。
二人を少し離れたところで眺めていたリリーが、そっと声をかけた。
「分かってたけれどね」
「「え」」
二人の声が重なる。
「こうなるって」
リリーはにこにこしながら、夫と息子を見つめていた。
母はどうやら、二人が試行錯誤している様が微笑ましく、分かっていながら黙って見守っていたらしい。
リルは思わず鏡を取り落とした。
「うわーんっ、だったら切る前に言ってよーっ!」
堪えきれず泣き出したリルを、リリーはまだにこにこと眺めていた。
三年。
三年間の間を、ほとんど離れて暮らしていた息子は、鬼の血のせいか見た目は九歳ほどになっていただけだったが、それでも、どこか自分の知らない子になってしまったように感じた。
そんな子が、父に髪を切られて泣いている様は、リリーには今までと何も変わっていない気がして、何となく嬉しく思えていた。
作品名:Evasion 2巻 和洋折衷『妖』幻想譚 作家名:弓屋 晶都